第六十二話 なぞ(5)

 しかし、あえて勇気を振るって窓へと近付いた。


 剣の柄へ手を掛ける。


 何かしたきたら、すぐにでも窓枠ごと叩き切るつもりだった。


 だが、顔はにたりと笑みを浮かべたままだんだん薄くなっていった。


『階段の裏の顔、暁の終わりに』


 完全に消えてしまう前に、顔は短い言葉を漏らした。


 なぞだ。


 全く訳のわからない言葉だった。


 車内には少なくとも目立った階段はない。


 思い付くのは乗車の時に昇った小さな段だ。


 だがそれが直接関係があるとも思えなかった。


 暁の終わりとは未明より後、朝方を差すのだろうか。


 まだ夜にもなっていないが、フランツは十分仮眠をとったので、朝を迎えられるだろう。


――謎には必ず答えがあるはずだ。


 さっきまでは謎は謎のままにしておけば良いと言っていたのに、いざ自分が謎と出会ってしまうと探したくなってしまうのが人情である。


 フランツは車室に戻った。


「あ、フランツさぁん~おそいですよぉ!」


 オドラデクが椅子からぴょんと伸び上がった。


 ファキイルはちょこんと坐ったままで宙をぼんやりと見詰めていた。


「今まで何してたんだ」


 フランツは即座に席に着いた。


「新しく買った本とか読んでましたねえ。あと情報収集」


 オドラデクは各地に自分の糸の切れ端を残して、そこからさまざまな情報を得ているらしい。


「ルナの様子はわかったか?」


 フランツは訊いた。


「ほっほーん。フランツさん、やっぱりルナ・ペルッツにご執心なんですねえ」


 オドラデクは腕を組んだ。


「わかるのか?」


 フランツは言った。やや発言に熱が籠もってしまったかも知れない。でも、ルナの居場所がわかればそれでよかった。


「残念ながら」


 とオドラデクは首を振った。


「何せ、ぼくはゴルダヴァに一度も足を踏み入れたことがない。だから糸を残しておくことは不可能です。ただ列車には以前一本だけ残してきたので、これだけはわかる。ルナ・ペルッツはこの列車に乗っていました」


「やはりな」


 フランツは頷いた。


 かつてルナ・ペルッツは汽車を愛用していた。


 旅をすることを『夜汽車に乗る』とたとえたのフランツは何度も聞いている。


ゴルダヴァにいくには汽車に乗らなければならないのだから使わない訳にはいかないのだが、フランツは何となく安心した。


――ルナは昔のルナのままだ。


 だが、そんなルナを自分は斬らなければならない。


 また、考えはそこに戻ってきてしまう。


「ルナ・ペルッツはこの列車で何度か事件に遭遇していますね。一番面白いのは超男性とか」


「超男性?」


「常人を越える力を持った男のことです。ヴィトルドって名前だそうで。こんな背丈があって筋肉もムキムキ!」


 オドラデクは見てきたように手真似を入れながら説明した。


「そんなやつがルナ側に付いているのか……」


「さあ、よくはわかりませんが付いているんじゃないですか? 一度は別れたようですがあの人、メイドのズデンカにご執心だったようですからね。ルナ・ペルッツはヴィトルドに自分の能力を使っていますね」


 オドラデクは言った。


「思ったことを実体化させる力か」


 フランツは何度も何度もルナの実演を目の当たりにしている。


「ええ。ヴィトルドはルナが作り出した己の母親の幻影に怯えて逃げ出したみたいです。ははは、これは恥ずかしくて周りに言えないでしょうねえ。でも、ぼくはしっかり捉えている」


 オドラデクはニヤリと笑った。


「ところで俺の方も情報がある」


 『超男性』はすぐに脅威にもならなそうなのでフランツは話を変えることにした。


「へえ、どんなですか?」


 オドラデクは身を乗り出してきた。

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