第六十一話 羊歯の褥(10)
だが。
「絶対に! 負けるわけにはいかねえよ!」
ズデンカは半身を擡げて、クラリモンドを睨み付け、がなった。
クラリモンドは余裕を保ったまましずしずと歩み寄ってきた。
「ヴルダラク風情が、どうしてここまで頑張るのかしら」
クラリモンドは小首を傾げた。
「なんだろうが構わん! お前はここで倒す!」
ズデンカは決意を込めて叫んだ。
『ラ・グズラ』が今後何をしてくるかはわからない。
少なくとも、ダーヴェルの言っていたように血を求めるため多くの人を殺そうとすることは明白だ。
――なら、殺すしかねえ。
吸血鬼にとって、『死』の定義ははなはだ曖昧だ。
既に死んでいるのだから、当たり前とは言える。
消滅が再び『死』を迎えることだとも見なせるのだが、一応吸血鬼には死んだ後地獄で生まれ変わるという言い伝えがある。
ズデンカはまだ消滅していないので、本当かどうかは知らないが。
でもそれが確かとするなら、死後の生があり、魂が存在するということになるではないか。
だから、今目の前にいるクラリモンドを殺せるのかはわからない。
「あたしを殺せるのかしら」
クラリモンドは傍に立って勢いよくズデンカの頭を蹴り上げた。
「こんな弱いのに!」
けたたましく笑いながらクラリモンドは何度も何度も頭を平手打ちにし、蹴りつけた。
ズデンカは何の抵抗も出来なかった。繰り出される打撃に凹まされた身体はすぐに戻るも、相手の素早い動きに抵抗すら出来ない。
遠距離攻撃にも長けていれば、肉弾戦も強い。
クラリモンドの実力はダーヴェルにも匹敵するほどと思われた。
「あたしはね、ヴァンピールの女王になるべく生まれたの。誰よりもたくさんの血を浴びて、誰よりも長く生きてきた」
多少誇張はあるにしても、これだけ激しい攻撃を繰り返しながら少しも突かれる様子を見せないのだから実力は確かだろう。
ズデンカは出来るだけ冷静に考えようとした。
しかし、どれだけ考えても今自分が勝てないことは間違いない。
「ズデンカさんに何をする!」
ヴィトルドが空から駆けつけてきた。
「ああうるさい、邪魔!」
クラリモンドは掌を開き、また光の球体を作り出し、放り投げた。今度のサイズは先ほどの倍ぐらいもある。
「ぐわあっ!」
球体をまともに直撃したヴィトルドは彼方へ吹っ飛ばされていく。
――やはり、こいつには叶わない。
勝ち目がないと思ったズデンカはよろよろと逃げようとしたが、すぐに回り込まれる。
クラリモンドは膝頭をズデンカの腹に叩き込んだ。
ズデンカはまた吹っ飛ばされて地面を転がった。
また瞬時に移動したクラリモンドにズデンカは手首を踏みつけられる。
「本当に、ハロスはこんなやつを相手に苦戦したの? まあハロスもストリゴイだからろくな支族じゃないけど」
ハロスはズデンカと旧知のストリゴアイカ(ストリゴイの女性形)だ。ゴルダヴァ入国当初に一戦して、大蟻喰と協力してしばらくは再起不能にさせたのだった。
「……」
ズデンカはクラリモンドを睨むだけで何も答えなかった。
答えられる余裕すらなかったのだ。
ただ思念はここではないどこか遠くへ、彷徨い始めていた。
そうだ。
羊歯の上に、羊歯の褥に眠る、老いさらばえたヴルダラクの始祖のもとへ。
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