第六十一話 羊歯の褥(7)
「やっと見付けましたよ! ズデンカさん」
どんどんとヴィトルドは近付いてくる。
「お前か、ったくろくでもねえ!」
ズデンカは吐き捨てるように言った。
「わざわざこの私がやってきてさしあげたのですよ」
ヴィトルドは苦しそうなズデンカの空気も読まず、感謝せよとでも言うかのようにポーズを取り上腕二頭筋と大胸筋を隆起させる。
「……ったくよ」
ズデンカは早く戻りたいのだ。こんな輩と話している時間はない。
「お前、あたしを前から尾けてただろ。ちょうだんせい? だかなんだか知らねえが、お前は世界各地で起こっていることを聞きわける力があるとか語ってやがったからな」
ズデンカは何とか声を絞り出した。腹が立ったら力が湧いてきたのだ。
「確かにあなたの居場所はわかっていました。ちょっと前まであの忌々しいやつと一緒にいたから来れなかったのです……あいつは、前会ったときに……」
とヴィトルドはなかなか薄気味悪いことを言ってくれる。
以前ヴィトルドと別れたとき、ズデンカは席を外していた。最後に応対していたのはルナだ。
ということは「忌々しいやつ」とはルナのことを指すのだろう。ヴィトルドはルナが女だとも気付いていないのだ。
ヴィトルドはルナを恐れているようで、顔を歪めていた。
――前会ったときに何か見せられたのだろう。
そう考えるとズデンカはいい気味だった。
「ズデンカさん、あなたとはぜひ暖かい一時を過ごしたいものと思っています! ぜひ私とご一緒しませんか?」
ヴィトルドは身を乗り出して迫ってくる。 ズデンカはそれを軽く避けて前へ歩き出した。
「どうしてです、ズデンカさん」
ヴィトルドはしつこく言い募ってくる。
「あたしは目指す場所がある」
早くパヴィッチに帰らなければならない。ルナをハウザーの元から救い出さなければならない。
靴の底が大分磨り減っていると気付いていた。いずれ裸足で歩かなければならなくなるかも知れない。換えは持っていたのだが、ルナがハウザーの手に落ちたホテルに置いたままにしていた。
ヴィトルドの相手をしていればいるほど、時間はどんどん遅れていく。
ズデンカは併走する脳天気な顔に拳を叩き付けてやりたい願望を押さえた。
「ズデンカさんはちょっと体調が良くないんですよ。僕が代わりに話します」
メルキオールが前脚でヴィトルドの裾を引っ張った。
――すまん。
ズデンカは先程まで少し鬱陶しく思っていた鼠の賢者の心遣いに感謝した。
「ただの鼠と話している時間はないぞ」
ヴィトルドはぴしゃりと撥ね付けている。
「まあただの鼠ではありますが、少しばかり長く生きていますのでいろいろ知っています。あなたのように不意に強大な力を持ってしまった人のこともね」
とまた、メルキオールはウインクして見せた。
「なんだと?」
ヴィトルドは眉をつり上げた。
自分のことを言われると確かに興味を持つらしい。
それにしてもヴィトルドは爆走しか見せていないのに常人を掛け離れた力を持った存在と見抜くとは、メルキオールの慧眼は確かだった。
「そう言う力は私利私欲のために使ってはいけない。かりに使ったとしたら、力を失うこともあるとか、です」
メルキオールは朗誦するように厳かに言った。
「なんだと?」
ヴィトルドは目を瞠った。
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