第六十一話 羊歯の褥(6)
痛みは長く続いた。
しかし、のたうちまわり続ける訳にはいかない。
ズデンカは歯を食いしばり、拳を握りこんだ。
――この程度の苦しみに、時間を奪われてはならない。
耐え抜いて、絶対に山を下りて、仲間の元に、ルナの元に戻らないといけない。
ズデンカは震えながら立ち上がった。
「ほんとうに大丈夫ですか」
退避していたメルキオールが近寄ってくる。
「ああ」
ズデンカは進んだ。
「あばよ……感謝するぜ」
また羊歯の褥に横たわっていたピョートルに挨拶を送りながら。
「本当に歩けますか」
「歩くんじゃねえ、走るんだよ」
そう言いながらズデンカは激しい痛みを堪えて前へ前へ進んでいた。
変なものを飲まされたのではないか、単に弱っただけではないか、とそういうことばかり考えてしまう。
だが、かりにこれで身体を損なって弱くなったとしても、ハウザーとは一戦しなければならない。
――そういえば三日後……いや、二日後はルナの誕生日だったな。ちっ、嫌な時期に被っちまったもんだぜ。
明るい。明るい。
うっすらと白い光が差して来た。山の端を照らし出して、木々を露わにする。人間にとっては僥倖だろうが闇に慣れた
これは朝を迎えた証拠だ。
光を浴びても痒みも感じられないまま、ズデンカは山道を下り続けた。痛みはおさまらない。
でも進むしかない。
「ズデンカさん、早いですよ! ふう、ズデンカさん!」
荒く息をしながらメルキオールも駈け降りていく。
「大丈夫だ……先に行ってくれ」
ズデンカは言った。
実際はわめき出したくなるぐらい痛かったのだ。
会話をしていられる余裕はなかった。
「そうもいかないですよ……人だったら薬草とかも用意できるんですが……」
「吸血鬼に薬は必要ない! 早くいけ!」
ズデンカは怒鳴った。
痛みは自分独りだけが受け入れなければならない。
他者とわかち合うすることはできない。
いくら共感したところで、それは想像にしか過ぎず、優しい言葉を掛けて貰えても、一時は嬉しくなってもまた孤独のなかに沈まなければならない。
ズデンカはメルキオールにどっかへ行って欲しかった。
でも、こう言う時にはルナに傍にいて欲しかった。
わかち合えないとわかっていてもいて欲しかった。
苦しいときに傍にいて貰えたら、どんなに嬉しいだろう。
わかり合いないと言うのにそう思う相手はいるのだ。
メルキオールではダメなので、それは差別心なのだろう。
だがズデンカは差別を厭わなかった。
メルキールはそれでもとぼとぼ尾いてくるが、ズデンカはもう一切構わなかった。
山を下りきって平地に移ると直ぐに北を目指した。
道はわかっている。目をつぶって進めるほどだった。
と、地平線の向こうから、土塵を跳ね上げて黒い影が走ってきた。
――敵か。
こんな時に遭遇するとは本当に運がない。今の状態ではまともに戦うことが出来ないだろう。
ズデンカは目を凝らして影の正体を見極めようとした。
すぐにわかった。
全身鍛えられた筋肉を持つ、長い髭を持ちデニムを穿いてランニングシャツを着た男。
超男性・ヴィトルドだった。
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