第六十一話 羊歯の褥(4)
『お前に答えてどうなる? そもそも儂はヴルダラクというものをよく知らん』
「何だと?」
ズデンカは驚いた。
『儂をそう呼んだ者がいたことは知っているが』
ピョートルの声は飽くまで冷たく、興味がなさそうだ。
「鼠の三賢者メルキオールから訊いたぞ。お前はヴルダラクの始祖だとな」
『なに? お前はメルキオールの知り合いか?』
ピョートルは若干興味を引かれたようだった。
「ああ、知り合いというのも何だがな。お前が羊歯の褥に眠っているという伝承があると教えてくれた。メルキオールを知っているのか?」
『鼠の賢者は有名だ。面識こそないが、知らぬ者はいない』
「それはお前の時代の話だろ。あたしらの生きている時代じゃ、人間で知っているのはよほどの
ズデンカは皮肉を込めて言った。
『何、そこまで知られなくなっているのか』
ヴルダラクの始祖が乗ってきたので、ズデンカは勢いよく話題を変えた。
「時間がないんだ。お前の力をあたしにわけろ。したらあたしは強くなれるとメルキオールが言っていた。あともう三日しかない」
『儂はイグニャットに恩を掛けた。なのに奴は儂を裏切って旅立った。儂は疲れ切ってこの褥に休らうことにしたのだ』
イグニャットが何者かはわからなかった。だが推測はつく。メルキオールはピョートルの闇の息子がヴルダラクを広めたと語っていた。
おそらくはその名前だろう。
なら、イグニャットに話した方が早いのではないかとズデンカは思った。
何らかの理由があって死んでしまったのだろうか。
どうして、世間の変化もよく知らないこんな萎びた老吸血鬼に向かって強くしてくれなど縋らなければならないのか。
ズデンカは自分が情けなくなってきた。
同時にメルキオールへの怒りが涌き上がってくる。
――こんなボケ老人相手に時間をとらせやがって。いい加減にしろ。
『聞こえているぞ』
心の中で言ったつもりだったのだが、ピョートルは返事をした。
『イグニャットがどうなったかは知らん。儂はここを離れておらず、眠ったままだったのだからな。お前はそんなに儂の血が欲しいのか』
「別に欲しくもないが、吸血鬼は血を使って子孫を伝える。お前の濃いヴルダラクの血を飲めば、あたしはより強く生まれ変われる」
『なるほど、そうか』
とピョートルは答えた。
しばらく沈黙があった。
『くれてやらぬでもないぞ』
「なら、今すぐくれ!」
『しかし』
ピョートルはここでまた間を置いた。
「ジジイ、早くしろ」
ズデンカは怒鳴った。
『条件がある。条件というよりも、儂の血を飲んだことで、お前にかかる呪い、と言い換えてもいいかも知れんな』
「どんな呪いだ?」
ズデンカは言った。
『簡単なことだ。お前が心から愛する人間を決して吸血鬼にはできない』
ピョートルは厳かに言った。
「はぁ?」
ズデンカは拍子抜けした。
――何を言い出すんだこのジジイは。
『だから、聞こえているぞ』
「そんな簡単なことと引き代えで良いか」
条件と言われて目が見えなくなるとか、身体の一部がなくなるとか、喋れなくなるとか、ともかく考えられる限りのことを覚悟していた。いずれにしてもズデンカは甘んじて受けるつもりだったが。
「ガキじゃあるめえし」
ズデンカは鼻で笑いそうになった。
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