第六十一話 羊歯の褥(3)

「じゃあどうする。叩き起こすか?」


「叩いても起こせません。あなたがた吸血鬼の身体の頑丈さはよくご存じでしょう」


 少しふざけてメルキオールは答えた。


「どうすりゃいいんだよ」


 ズデンカは掴んでいたピョートルの胸倉を離してまた寝かせた。


「心の中に語り掛けるしかありませんね。もちろん僕じゃなくてズデンカさんがやらないといけません」


「心の中だと?」


 ズデンカは驚いた。吸血鬼同士で以心伝心テレパシー出来るものもいると訊くが、ズデンカはそうではない。


 試みてみたことすらなかった。


「出来る訳ねえだろうがよ!」


 ついつい声を荒げてしまう。


「やってみてください! 気力でなんとか!」


 メルキオールははやし立てた。


――こいつ。


 すっかり煽られていることを自覚したズデンカはないはずのはらわたが煮えくりかえったが、さすがに殴ってしまうのは大人げないと思った。


「どうやるんだ?」


ズデンカは訊いた。


「フィーリングですね。ピョートルの心の中に語り掛けてください。あなたには同じ血が流れているはずなんです」


 説き聞かせるようにメルキオールは言った。


「なんか気持ちわりいが」


  ズデンカは躊躇った。


 だが、躊躇っていては時間が過ぎるばかりだ。


 ズデンカはピョートルの傍に坐った。


 目をつぶり、心を落ち着ける。


――東洋で言う「ザゼン」みたいなもんか。


 ズデンカは本で読んだことを思いだした。


 瞑想の一種だ。


 ズデンカは自分の内側を見付けた。


 ふつふつと熱湯に泡が浮かび上がるように、さまざまな思いがズデンカの中にきざした。


 ほとんどがルナに関するものだった。


――助けてやらないと。あたしがルナを。これはあたししか出来ないんだ。


 だが。

 

 極限まで想いが膨れ上がったとき、フット静かになった。


 怒りもその他、諸々のまざりあった感情もまた、突然凪いだ。


 ズデンカは目を開いた。


 周りが真っ暗になっていることに気付いた。


――そうか。これがあたしの心のなかだ。


 なぜ自分の心象風景を見ることが出来たのかはよくわからない。


 おそらくはヴルダラクの始祖、ピョートルが傍にいることも関係しているのだろう。


 普通に瞑想してもこんなことが起こるなどありえないのだから。


『お前は誰だ?』


 地の底から響くような声が聞こえて来た。


 ピョートルのものだとすぐにわかった。


「あたしはブルダラクだ。名はズデンカだ。お前はピョートルだな?」


 ズデンカは答えた。


『だからどうした? 儂は同族に興味などない』


 不機嫌そうな調子で声が返ってきた。


「あたしは弱いんだ。何とかして強くなりたい。そのためにはお前の力を借りたいんだ」


『お前なぞにやるものはない。儂は眠りたいのだ』


「あたしは守るべきものがいる。そのために強くなりたい。お前の力をわけてくれ!」


 ズデンカは必死に言い募った。


 声はしばらく返ってこなかった。


「あたしには主人がいる。仲間がいる。ヴルダラクにしちまったやつもいる。そいつらを助けたい。だから、強くなりたい。それだけだ。何もあんたの眠りを覚まそうとか思っちゃいないさ」


 まだ返答はない。


「答えろ! じじい!」


 とうとう我慢の限界がきてズデンカは叫んでいた。

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