第六十一話 羊歯の褥(2)

「はい。そもそもヴルダラクは根っこはウプイリにとても近いのです。グリーンランディアからやってきたウプイリのピョートルがやがてヴルダラクに変じ、ヴルダラクを興すことになったのですから。そして、ピョートルがこの山に眠っていると知る者は僕以外にはほとんどいないでしょう」


 メルキオールは流暢に言った。


「そんな奴の名前など、訊いたこともない」


「ピョートルのただ一人の闇の息子が、ヴルダラクをゴルダヴァ全土に広めましたが、本人はここを動きませんでしたからね。歴史に記されていないのは理由があるのです」


「そのピョートルとやらとあたしを会わせることに何の意味がある?」


「ピョートルはヴルダラクの祖です。その血を受ければあなたも強い力を得られる可能性がありますよ」


「可能性だろ?」


 ズデンカは半信半疑だった。


「でも、その可能性にあなたは掛けたんじゃないですかね」


 メルキオールは片目をつぶって見せた。ウインクのつもりらしい。


 貴重な時間を使って、ここまでやってきたのだ。


 今さら手ぶらで変えるわけにはいかない。


「行こう」


 ズデンカは歩き回った。


「具体的な場所はわかるか」


「そこまでは。でも、探していれば見つかるでしょう」


「夜が明けちまうぜ」


 俗説では吸血鬼は光に当たると死ぬといわれているが、これは正しくない。 


 ズデンカは昼でも動き回ることが出来る。ただ、影を持たない関係上、あまり大手を振って出歩きたくはないのだ。


 まあ通り過ぎた者の影に眼を止める人間など、ほとんどいないことも経験上知ってはいるが。


「やれる限り探してみましょう、ズデンカさん」


 励ますつもりなのか、メルキオールは明るく言った。


 ズデンカは草を千切り、深く深く進んだ。


 すると羊歯シダが見えてくる。


「驚きだな」


 ズデンカはよく知っているが、このあたりの季候ではあまり羊歯は生えない。


 だが、今は夏と言うこともあり、ズデンカの鈍感な肌でも、この山の頂上は湿気が多く感じられた。草に覆われて涼しいこの空間なら生い茂っているのも不思議ではない。


 と、ズデンカは身構えた。


 気配を感じたのだ。


 あたりを注意深く見渡した。


 羊歯の上に誰かが寝ている。


「ああ、あれが羊歯の褥なのか」


 ぽつりと、メルキオールは呟いた。


「なんだそりゃ?」


「『ピョートルは羊歯の褥に横たわり』という口伝くでんがあるんです」


「場所知ってるじゃねえか」


 ズデンカは怒り気味な声で言った。


「いえ、手掛かりがそれだけしかなかったので……」


「すぐにでも起こすぜ」


 吸血鬼は本来睡眠を取らないものが多い。寝ていたらその間に殺されてしまうこともあるからだ。ズデンカぐらい長く生きていると簡単には死なないようになるが、若いときに死ぬ者は多いのだ。


 ズデンカはピョートルらしき者に近付いた。乾涸らびて、長い髭を生やした老人だ。


 骨が皮に張り付くほど痩せた手脚に白い布を纏っただけだ。


「起きろ! 起きろ!」


 ズデンカはいつもルナにするように老人の襟首を引っ掴んで揺さぶった。


 だが、ピョートルは萎びた瞼を固く閉じたまま開かない。


「そうはことが運びません。口伝だとピョートルはとこしえの眠りに就けり、とあるのですからね」


 付け加えるようにメルキールが言った。

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