第六十一話 羊歯の褥(1)
――ゴルダヴァ中部山中
山道は登りになり、並の人間なら休み休みいかなければならないが、吸血鬼のズデンカは少しも苦ではない。
ナイフ投げのカミーユ・ボレルとをパヴィッチに残して、山岳地帯の多い南側に移動するのは不安要素ばかりだったが、いかねばならない理由があった。
主人のルナが旧スワスティカ残党のカスパー・ハウザーの支配下に落ちたからだ。
ルナはビビッシェ・ベーハイムという、かつての名乗りを称し、ハウザーの配下になってしまっている。
「ふう、ふう、ふう」
荒く息をしながらも三賢者のメルキオールは尾いてくる。こちらもやはり長年生きているだけあって常人離れした力を保持しているようだ。
「本当にこの道で良いのか?」
ズデンカは訊いた。
「はい。ここから先は人も通わぬ道ですから、普通なら通行は不可能ですが」
「まあ、吸血鬼ならいけるわな」
「そうですね。でも、僕だっていけますよ」
少し冗談めいた会話になったが二人は笑っていない。
そんな暇はなかったからだ。
登り、登り、登る。繁る草に道が途切れた。草を剥ぎ道を切り開く。
「この山の頂上です」
「何があるんだ」
「行ってのお楽しみです」
――こいつ、調子に乗ってきやがったな。
会った当初は怯えているぐらいだったのに、今では口答えしてくる。
まあズデンカより年上の相手なので、舐めた態度をとってくるのは理解できるが、それでもあまり良い気にはならなかった。
あとはお互いほぼだんまりだった。
会話が続かないと考えることは自然とルナのことばかりになる。
――ハウザーは人の心の弱みを狙ってくる。ルナは弱いところばかりの人間だ。簡単に籠絡されてしまったのも仕方がない。だが……。
ズデンカは珍しく自分の髪を整えた。
――ルナは弱ってもいつも必ず復活してきた。だから、今回もきっと戻ってきてくれるはずだ。
それが希望だった。
だが、乏しい希望だった。
ルナはビビッシェ・ベーハイムとして多くのシエラフィータ族の同胞を殺めてきた。その事実と向き合えるだろうか?
――時間は掛かるだろうな。
ズデンカとしては関わりないことだ。だが、ルナが関わっている以上、関わらざるをえない。
ズデンカはため息を吐きたくなった。
「ふう。ズデンカさん、さすがに足が速い。もう頂上ですよ」
メルキオールが皮肉を言った。
「尾いてくるお前もなかなかだが」
ズデンカは皮肉り返す。
「ここに何があるんだ?」
「ヴルダラクの始祖がいます」
メルキオールは一息で言ってのけた。
「始祖だと」
聞いたこともない話だ。もっともズデンカは同じくヴルダラクになった他の家族と離散しているし、その後同族と遭った機会も少ないので情報の交換は盛んではない。
とは言えその始祖を詳しく書いた本は読んだ限りでは知らない。ただいつごろかは知らないがゴルダヴァ近辺に広がっていたとされている。
「はい。先年以上前に遡ります」
鼠の賢者は滑らかに弁じた。
「そんなに古いのか」
ズデンカは驚いた。
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