第六十話 頭の中の昏い唄(12)

 狭い路地はすぐに終わり、大通りへと出た。往来のざわめきにまぎれ、互いの声が聞こえ辛くなったので、ズデンカはメルキオールに近付いた。


「お前は『眼』が使えるとか言ってたな」


 ズデンカは訊いた。


「はい」


「なら、今ルナがどこにいるかわかるか?」


「ある程度は。えーと、巨大な鳥のなかですね。あの中には『鐘楼の悪魔』を刷り上げる機械が内蔵されています」


 メルキオールが言っているのはドードーのことで間違いなかった。


「それをぶっ壊さなきゃならねえな」


 ズデンカは拳を振り上げた。


「なかに入るのはちょっと面倒そうですね」


 メルキールは静かに答えた。


「壊してでも入る」


「そうもいかないんですよ。あの鳥は特殊な金属で作られています。物凄い腕力でも傷一つつかないようです」


「……じゃあどうやって壊すんだよ」


「特殊な力がいるでしょうね。僕もちょっと考えて見ます」


「お前も巨大化して戦力になれ」


 ズデンカは厳しく言った。


「えっ……! それはちょっと」


 メルキオールは躊躇していた。


「なぜだ。お前ならできるだろうがよ」


 ズデンカは怒鳴り気味に言った。まあ、そうしないと聞こえないだろうと思ったのもあるが。


「僕は大きくなり続けることで嫌な目ばかりに遭いました。だから、今は慎んでいるのです」


 パンデモニアとして数百年も海中に踞り続けた経験を思い出しているのか、メルキオールは俯きながら進んでいた。


「じゃねえとハウザーは倒せないぞ!」


 ズデンカは言った。


――もちろん、オーガスタス・ダーヴェルにもあたしじゃ、太刀打ちできない。


「あなたご本人が強くなられればいいですよ」


 メルキオールはぽつりと呟いた。


「はあ?」


 ズデンカは驚いた。ちゃんと聞き取れなかったのかと思ったほどだ。


 ズデンカは今まで己のことを十分強いと考えていた。だが、勝てない敵の存在を知って、すっかり自信をなくしてしまっていた。


――もし、ダーヴェルやハウザーと対抗できるほどの力を得られるならば。


「やり方はわかるか」


「はい……ただ」


 メルキオールは口籠もった。


「早く言えよ!」


 周りの人が驚いて振り返るほど大声でズデンカは叫んだ。


「多少、まわり道をすることになりますが……それでもよろしいですか?」


「ああ。まだ三日は時間がある。その間に何とかしたい。今以上に強くなりたい」


 ズデンカは一直線にメルキオールを見詰めた。


 ルナのことは心配だったが、ハウザーに殺されしないだろうし、こちらで戦闘態勢を万全に整えた上で挑んだ方が勝算は高いと思われた。


「わかりました。ではひとまず、パヴィッチを出ましょう」


「遠くにいくのか」


「いえ、でもちょっと山奥に入らなければならないでしょうね。南の方へと進みます。ズデンカさん、吸血鬼ヴルダラクの足ならすぐにいけるはずです」


 メルキオールはさすが賢者を冠されるだけあって、ズデンカのことを詳しく知っているらしい。


 だが、今はその程度のことに驚いたり気味悪がったりしている時間はなかった。


「善は急げだ」


 ズデンカは大通りに添って南下していく道を選んだ。


 確かに遠回りではあったが、お先真っ暗だった今までよりはずっといい。


――ルナ、絶対戻ってきて、お前を救ってやるからな。


 心の中でそう決意を固めながら。


 でも、夜空はなおさら深みを増していき、なかなか明ける様子を見せなかった。

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