第六十話 頭の中の昏い唄(11)
ルナだったらいくらでも時間を掛けて訊きたがるだろうが、ズデンカは鼠が小さくなった理由などさほど興味はなかった。
とは言え、伝わっている話と違うのは解せないので質問しただけだ。
「そうですね……かいつまんで言えば、ひたすら巨大化しても虚しいだけだったからです。僕はこの星の百分の一の大きさにまで近づきました」
「嘘だろ」
ズデンカは言下に否定した。この星の百分の一がどれぐらいの大きさかすぐに計算するのは難しかったが、かなりのものだと推定される。それこそ巨大な島ぐらいはあるだろう。
「パンデモニアの名前をご存じありませんか」
ズデンカは覚えていた。
今を去ること百年前、突如として南平海から忽然と消失した島の名前だ。沈んだとも騙られているが、潜水艇で調査を行っても何も発見されなかった。
人が住めるような環境ではなかったと伝えられているが、ズデンカは一度も行ったことがないからわからない。
「それがどうかしたか」
「あれ、僕です」
ズデンカは歩きながら仰け反った。
「あ?」
「だから、僕が海水の中で
すぐに理解出来るような話ではなかった。
「お前が島をやっていたのか? 海水に顔を浸けて生きていられるのかよ」
「はい……とても寂しくはありましたが、苦ではありませんでした」
メルキオールも先へと急ぎながら告げた。
「僕は身体を巨大化させ続けたので、そこしか行き場がなくなったわけです。パンデモニアという名前もどこかの学者が付けたものですから、知ったのはずっと後のことでした」
ズデンカは何とも返答のしようがなかった。
「じゃあ島が消えたのは」
「僕が身体を縮小したからです。後はただ泳いで別の所に移るだけでした。それ以来カスパール、バルタザールと連絡をとる以外はひっそりとやってきましたよ」
奇想天外な話だが、今まで自分が見てきたものを思えばそう稀でもないのかも知れないとズデンカは思った。
少なくともメルキオールは自在に身体の大きさを変えることが出来るわけだ。
――カスパー・ハウザーに抵抗出来るかも知れない。
カスパーは巨大な鉄で作られたドードー鳥を持っている。よくはわからないが、これも三賢者カスパールの力を借りているに違いないだろう。
「改めて訊くが、ルナを救い出すこと、ハウザーを倒すのに協力してくれるな?」
「はい、もちろん。僕も友達は助けたいです」
メルキオールは静かに言った。
「あたしも全力で戦う。ぜったいに取り戻す!」
ズデンカは声を張り上げていた。
夜は静かで、誰も訊くものはいない。
己が恥ずかしくなるほどだったが、それでも言ったことは間違いはない。
これまでズデンカはルナと一緒に行動してきた。
今、ルナはハウザーの手に落ちている。取り戻すべきだ。それはあたりまえのことだ。
――別にこの街を守りたいわけじゃねさ。
人死には出るだろう。メルキオールを巨大化させればなおさらだ。
でもズデンカに守れるのは仲間だけだ。他を守ってなどいられる余裕はない。
しかもズデンカはこれまですくなからずの人間を殺めた吸血鬼なのだから。
「先を急ぐぞ」
ズデンカは歩き続けた。
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