第五十五話 邪宗門(7)

 ズデンカは爆速でうめくモラクスを囊の中に収納した。


 黒服数名が入ってきた。何れも年齢の高いと思われるものたちだ。


 その後ろに控えるかたちで白い輝かしい黄金の肩当てを付けた男がゆっくり続いた。顔には幾重にも皺がより、腰は若干曲がり始めている。


 六、七十歳はいっているだろう。


――あいつがペトロヴィッチだ。


 ズデンカは確信した。


「高名なペルッツ様自らがこのようなところにいらっしゃるとはこの上ない幸いです」


 とりあえず形式通りの挨拶をするペトロヴィッチ。とても嗄れた声だった。


「いえいえ、こちらこそマエストロさまみずからお出でくださるとは大変有り難いと思っております」


 ちゃっかりと教団内でのペトロヴィッチの呼び方まで学習していたルナは鄭重に答えた。


「私はただの老爺ですよ。ただ人生から得てきた考えをみなさまに少しづつお話ししているだけです。そしたら人が自然と集まってきたのです」


 穏やかな口調で、ペトロヴィッチは言った。


 だが、ズデンカはその中に胡乱なものを感じた。


――だとしたらこんな教団なんざ作る必要がねえじゃねえか。 


 ペトロヴィッチは金の掛かっていそうな服をおそらくは特注で作って貰っている。


 そんな格好をしながら謙虚ぶる人間のことを到底信じることはできなかった。


 腐った輩が表面上人徳者の皮を纏うなど、実にありふれた話だ。


「マエストロさまは娘さんの復活を望まれているとか?」


 ルナは問題の本質に斬り込んだ。


「はい、後少し、後少しで会えるはずなのです。亡き娘のために、私どもの中でも取り訳演奏に秀でたものを集めて、パヴァーヌを奏でるのです。そしたら、姿を現すはずなのです」


――こいつらがそんな動きをすれば何か良からぬことが起こるに違いない。放置していると危険だ。


 古今東西、邪宗門カルトはそうだった。勝手に記念日を作り、その日に暴動を起こし、仲間ではない人間たちと争いを起こした例は数多くある。


――集団自決なんざされたらたまったもんじゃねえ。


「なるほど、そのためにあなたがたは『パヴァーヌ』と名乗っているわけですね」


 ルナは納得したように言った。


「はい。究極の『パヴァーヌ』の奏で方を皆に教えているのです。私がマエストロと言われる所以ですよ」


「なかなか興味深い綺譚おはなしを訊かせて頂いてありがとうございました。あなたのお願いを一つ叶えて差し上げます。そういう決まりで旅をしているものでしてね。いえ、大丈夫。既に聞いておりますので」


 ルナは相手を遮りながら話を進めた。


「娘さんを甦らせて差し上げましょう」


 室内に一気に戦慄が走った。


 なぜなら、それは教祖=マエストロ自らが然るべき席で行おうとしていたことだったからだ。


――これまでの話は全部最後のひっくり返しのためだったか。まったくルナのやつ、ふざけてやがるぜ。


 だがズデンカは正直胸が空く思いがした。


 ジナイーダは相変わらずそれを妬ましい眼で眺めていたが、いきなり立ち上がって、


「私知ってるよ! こいつら屍体を甦らすとか言ってるけど、事前に顔を焼いていたんだ! 手品の一種みたいなもんだよ。屍体を入れた箱から別の信者が出てきて甦ったようにみせるだけ!」


 と叫んだ。


「何を仰っているのか……わかりませんな……」


 ペトロヴィッチは穏やかに言ったが、その表情は斜めに歪んでいた。

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