第五十五話 邪宗門(6)

 ズデンカはジナイーダに向かい合って、その肩を掴んだ。


 できるだけ優しくしたつもりだ。


 そして、涙に溢れる瞳を見た。


 二人は長い間見詰めあった。


「もう、いけるか?」


「……うん」


 ジナイーダは小さく言った。安心したようだった。


 ズデンカは振り返って、門へ向かって歩いていった。


「先の二人の連れだ」


 と短く告げる。


 守衛たちは顔を小声で相談していたが、


「いいだろう」


 と中へと通した。


 二人は暗い緋色の絨毯がずっと引かれた長い廊下を通っていった。


「ご案内します」


 黒い服を着た男が近付いて来る。ジナイーダは顔を伏せた。


――顔見知りか。


 ズデンカは疑った。


 男はジナイーダには関心すら持たなかったようで、背を向けて歩き出した。


 ズデンカも従った。


「知り合いか」


 ズデンカは小声で話し掛けて。


「前見たことある人だった」


 ジナイーダは答える。


「さすがにもう覚えちゃいないだろう」


「そうだけど……」


 ジナイーダは俯いていた。


 いろいろ言うがまだ子供なのだとズデンカは思った。それはルナと大差ないかもしれない。


 だがルナはいい年をした子供だ。


 ジナイーダは守られるべき年齢にある子供だ。


――ならそちらを守るべきだろう。


ズデンカは応接間に入った。


 長い樫のテーブルが置かれている。


「やあやあ、待ってたよ!」


 ルナが大袈裟に手を振った。


 横ではカミーユが畏まっている。


 二人は席に着いていた。


「何が待ってた、だ!」


 ズデンカはルナの頭を拳骨で撲った。


「ぐえっ」


 ルナは潰れた蛙のような声を上げた。


 ジナイーダはそれすらも妬ましい眼で見ている。


「さあ、鬼でも蛇でもかかって来い」


 ズデンカは椅子の上にふんぞり返って大きく足を組んだ。


「まさか教祖様と面会できるとは思わなかったよ。わたしでは階級ステージが低く過ぎて会えないとか言われるんじゃないかと冷や冷やものでね」


「はん。お前でも殊勝にそう思うことがあるんだな……っておい、教祖だと?」


 ズデンカは時間差で驚いた。


「うん。教祖ペトロヴィッチさまじきじきにお出ましになるらしいよ」


 ルナは楽しそうに言った。


 ズデンカは肩に提げた嚢を広げて中から悪魔モラクスの首を出した。


 旅の途中でいろいろあって知り合った牛の首に変じた悪魔で、最近ではもっぱら『鐘楼の悪魔』やハウザーの臭いを追跡できる優れものとして役に立っている。 


「くせえ! くせえ! くせえ! 鼻が曲がりそうだ!」


 モラクスは顔を出すなり喚きだした。


「やっぱりか。ルナ、あの本がからんでるぜ」


「望むところだよ」


 ルナは答えた。


「お前わかってんのか? 今は子供がいるんだぞ!」


 ズデンカはジナイーダを指差して叫んだ。「子供がいる」という言葉が変な風に取られることを恐れもせず。


「子供って言うな!」


 だが、逆に怒ったのはジナイーダだった。


 子供であるうちは子供扱いされることに怒る。大人になってしまうと子供扱いすら懐かしい。


 けだし真理だと思うが、ズデンカはこう言う時の対処を知らない。


「そうだよねー。ジナイーダさんは大人として、うちのメイドのことが好きなんですよね!」


 ルナは心得顔にこくこく首を動かしながら答えた。


 ジナイーダはそれを睨み付けたが、否定しないところを見るとまんざら根も葉もないことを言われたわけではないところがわかる。


 ズデンカは戸惑った。


 その時、ドアノブが回った。

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