第五十五話 邪宗門(5)
皆ほとんど言葉を交わさずに、歩くこと一時間。
ひび割れた壁面が周りに張り巡らされ、尖塔を持つ六角形の暗い色をした建物――寺院のようにも思われる――が見えてきた。
大きな敷地を持っている。他のものの優に三倍ぐらいはあった。
「ここが『パヴァーヌ』の本部ってことだよ」
ルナが言った。
言われるまでもない。ズデンカはすぐに察していた。
鐘の音が響いた。
黒い服を着た行列が正門前から静かに中へ進んでいく。
「あれが信者か」
その姿に異様なものを感じたズデンカは訊いた。
「うん。多分そうだと思う」
「不気味な連中だ」
「あれは幹部クラス。普通の信者はそのままの服を着ている。毎日正午頃に祈りが行われるからその準備だね」
ジナイーダがルナの代わりに答えた。豪語した通り、内情に詳しいようだ。
「そう言われりゃ仕立てに金が掛かってそうだな」
「信者からむしり取ったお金を使っているから。私も関わりたくはなかったけど、ママはあれも金蔓だって言ってた」
ジナイーダはルナから距離を取りながらもズデンカに話せる場所まで近付いた。
黒の行列はすっかり建物の中へと入り込んだ。
「ここでぐだぐだ喋っていても仕方ない。中に入るぞ。どうやる」
「もちろん正面からいくさ」
そう言いながらルナはもう歩き始めていた。
「皆さん皆さん」
といきなり守衛に話し掛けている。
「お前、待て!」
ズデンカは走り出そうとした。だが、出来なかった。
背中に暖かい感覚が広がっていたからだ。
ジナイーダに後ろから抱きしめられていた。
「行かないで」
涙声だった。
「行かなきゃだめだ」
「あいつは自滅したらいいよ。ズデンカはここにいよ」
ルナは何か信者と話している。ズデンカは気になって気になって気になって仕方がないのだった。
「だが」
ズデンカは反論をしようとする。だが、相変わらず浮かんでこない。
「なんでそんなにやつが好きなの……もう……私には頼るものなんて……何もないのに」
ジナイーダは言葉のあわいに啜り泣いていた。
「あたしもそうだよ。頼る人なんか誰もいない」
ズデンカは答えた。
「でも、ズデンカは強いじゃない。私はそうじゃないよ」
「なんだ、さっきは足が速いだの言っていたぜお前は」
ズデンカは言い返した。
言葉は返ってこない。
ジナイーダは静かに泣いているのだ。
「ズデンカさん、ルナさんは私に任せてください!」
少し声を震わせながら、カミーユは駈け出ていった。
気を使ってくれたのだろう。
それでもズデンカは罪悪感を覚える。自分のやるべき責任をカミーユに背負わせた気分だ。
本当はルナを助けなければならない理由など、どこにもないのに。
ズデンカは探した。探そうとした。
ジナイーダの温もりは身体に染み入ってくる。
ルナの知名度は『パヴァーヌ』の連中にも届いていたのか、カミーユとともに中へ案内されていた。
扉が閉まってしまうとズデンカの不安はもっと増した。
「追わないと」
ジナイーダを軽く引き離し、ズデンカは歩き出す。
「待って」
ジナイーダが走り寄ってきた。
「中に入れる状態じゃないだろ。顔真っ赤だろうがよ」
ズデンカは言った。
「ううん。大丈夫。何てことないよ」
ジナイーダは答えた。
もちろん、強がりだろう。
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