第五十五話 邪宗門(4)

「娘を甦らせられると確信したペトロヴィッチは小さな教祖のようになり、神がかったことを口走るようになった。楽団員たちの多くは去ったが、少数の者だけが周りに残った。その中に経営の才覚がやつがいたんだろうね。信者をたくさん集めることに成功した。実際死んだ人を復活させるようなパフォーマンスもしたと囁かれていたようだ。その割りには娘は甦ってないようだ。なんでなのかな? 『パヴァーヌ』はお金をとにかくたくさん持っているんだってさ。信者となった者のお金を根こそぎ奪い取ると言う評判だ。ゴルダヴァは現在南部が独立すると言う動きがあるぐらい政府の統治機構が弱い。そこに資金力がある邪宗門カルトが支援するなんて言うってきたら飛びつかないはずがない。そのせいか強引な勧誘行為や犯罪などが行われていても口出しできない状況になっているようだ」


 ルナは説明した。


「何だそりゃ」


 ズデンカは呆れた。


「それが現実なんだから仕方ない。でも潜入すれば情報は確実に掴める」


 ルナは力説する。


「なんでズデンカは……」


 ジナイーダは小声で呟いた。


 耳の良いズデンカはそれを訊き付けてすぐ歩み寄る。


「お前はいくのを止めておけ」


 ズデンカは説き聞かせるように言った。


「やだ」


 やはりこちらも言うことを聞かない。


「ルナやあたしやカミーユは対抗手段がある。お前には何もないだろ?」


 ズデンカは必死になっていた。


「なら逃げればいいでしょ。足だけは速いんだ。それに私が一番怪しまれない」


 ジナイーダは言い張った。


 ズデンカも反論できなかった。ルナにも、ジナイーダにも。


「仕方ない。だが皆でいくぞ」


 そこだけは譲れない。誰か一人だけ行かせて死なせるなんてことはあってはならない。


「はぁーい」


 ルナが子供のような声を上げて応じた。


 ジナイーダは何も言わない。


 皆は自然と歩き出した。教団の施設があるのはパヴィッチを大分なんかしなければならない。道路は煉瓦が敷き詰められ所狭しと家が建てられている。


 来た時はあまり観察しなかったが、想像以上に人の多い街だ。


――あいつらをまた巻き込むことになったら大変だ。早く行かないと。


 あいつらとはかつて、パヴィッチで袂を分かったアグニシュカとエルヴィラの恋人たちだ。


 この街で暮らしていこうとしている二人に出来る限りは迷惑を掛けたくなかった。


 ルナは一人でドンドン前に歩いていく。


 今回はカミーユが付き随っているので安全だろう。


 足が速いというジナイーダは後ろの方でゆっくり歩いていた。


 ズデンカはそちらによる。


「どうしてこっちに来るの?」


 ジナイーダはあからさまに不満そうだった。


「アグネスと『パヴァーヌ』はどんな付き合いだったんだ?」


 ズデンカはさっきジナイーダが言っていたことが気に掛かったのだ。


「ほら、ママはいろんなところを巡るでしょ。そこで物を盗んだり物々交換したりする『パヴァーヌ』はそれを買ってくれたんだよ。だから良く出入りしていた」


「そうか」


 ズデンカは考えた。


 教祖とされるペトロヴィッチという人間は話を訊く限り芸術家肌の性格だ。


 とても商取引をしたり出来るようには見えない。やはりその片腕に、ルナの言うような経理に長けた人物がいることは間違いない。


 ――なんかくせえな。


 ズデンカは嫌な予感がした。

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