第五十五話 邪宗門(3)

「なぜお前が?」


 ズデンカは訊いた。

 

「ママの知り合いがいるの。私も何度か教団の建物に入ったことがあって……何かわかるかもしれないから」


 ジナイーダは答える。


――なるほど、そう言うこともあるだろうな。


とりあえず納得したズデンカはルナの方を向いた。


「お前は話を訊きたいんじゃないのか。どうして教団なんかに潜入しようとする?」


 ズデンカは焦っていた。なんとか止められないものかと思っているが、反面ルナの性格を熟知しているためそれは無理だと観念していた。


「たくさんの綺譚おはなしが訊けそうだから。それだけだよ。だからわたし本人が出向かないといけない」


「はぁ」


 ズデンカはため息を吐いた。


 ルナを放っておけるわけがない。いていかざるをえないだろう。


「そいつなんか一緒に来なくていい。私だけが行くから」


 ジナイーダはまだ敵意を剝き出しにしていた。


「別々にいけばいいさ。とにかくわたしはいくよ」


 ルナは強く主張した。


「いや、別行動は危険だ。まとまっていくぞ。カミーユはどうする?」


「えっ、私ですか。もちろん……いきます……前はずっと置いてきぼりにされたし」


 そう言いながら下を向いて目を泳がせている。


ジナイーダが怖いのだろう。


 だが、ズデンカはカミーユの恐怖を解きほぐす言葉を持たなかった。


 命の危険があるかも知れない。


 だが、前カミーユが独りで置いておかれて酷く寂しい思いをしたのもまた事実だろう。


――話を変えよう。


「『パヴァーヌ』って曲の種類だろ? なんでそれが教団の名前になっているんだ?」


 ズデンカはルナに訊いた。


「正確にはロルカの舞踏さ。その際に流される曲だから自然とそう呼ばれるようになった。『パヴァーヌ』はもともと楽団だったんだ。指揮者のイワン・ペトロヴィッチが率いていた」


「何でそれが宗教になったんだ?」


 ますますわからないズデンカだった。


「ペトロヴィッチが娘を亡くしてね。それから、だんだんおかしくなったんだ。娘を甦らせると言い始めた」


「そりゃおかしいな。降霊か?」


 降霊会は戦後一大ブームとなり、富裕層から貧民層まで巻き込んで大きく社会を湧かせた。


 戦争で家族を亡くしたものが多かったからだ。


 霊であっても家族と会いたい。


 そう思うものはいる。


 実際その姿を見た者は多い――ズデンカたちもそうだ――し、書籍にも詳しく記されている。


「いや、霊じゃないんだ。ペトロヴィッチは実際に娘の肉体を再び動かすと言い始めた」


「んなアホな!」


 とズデンカは叫んだが、『鐘楼の悪魔』が念頭に浮かんですぐに考え直した。


 カスパー・ハウザーが作り出してトルタニア全土に拡散させている書物だ。


 どうやら、元はルナの能力を薄めて量産させたものらしい。


 幻想を実体化させる能力。


 だが、結果としてハウザーの『鐘楼の悪魔』はそれを持っている人間の思考を乗っ取り、全てを破壊させるだけの存在に変えてしまう。


 これまでルナとズデンカは各地でそれを見付けて破棄してきたが拡散が留まる様子は一向に見えない。


――ペトロヴィッチとやらもそれを持っているのかも知れない。


そう考えるとルナが教団に潜入したい理由もわかった。


――ケッ。間怠っこしい。それなら最初からそう伝えろよ。


 だが、そうなるとジナイーダに行かせることは出来ない。


 一方、ジナイーダはズデンカと話し続けるルナを妬ましい視線で見詰めていた。

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