第五十五話 邪宗門(2)

「……」


 うまい返答が思い付かなかった。ジナイーダの言うことは間違いない。


 ズデンカはいつもルナのことを気に掛けている。


 他の何よりもまず先に立て、自分より優先する。


 どうしてそんな生き方をするようになったのかはわからない。旅する間に自然とだった。


――考えてもみなかった。


 ジナイーダの言葉は、硬い皮膚の中で柔らかくなっていた部分を狙い澄ましてえぐってくるかのようだった。


「ズデンカはもっと自分のことを考えていいんだよ!」


――あたしとルナに関して何がわかる?


 だが、そう心の中で呟いてみても、自分とルナの間に確固たる何かが存在している証拠は何もないのだった。


 実際ズデンカはルナについてほとんど知らない。


 今まで一年ちょっとの間旅して知っているように思い込んでいるだけだ。


「……」


 ズデンカは黙りながら、しかし、ルナの方に歩いていった。


「ズデンカ!」


 背を向けるズデンカにジナイーダは叫んでいる。


「ずいぶん好かれてるね」


 ルナはパイプを吹かしていた。


「ああ」


 ズデンカは答える。


「君は子供に好かれる才能があるのかも知れない」


「馬鹿言え」


 ズデンカは言下に否定した。


「隠された才能を人は必ず持っているものさ」


 ルナは煙を吐きながら言った。


「隠れた才能などない」


「ズデンカ!」


 ジナイーダが勢いよく走ってきた。


「ジナイーダさん。うちのメイドがほんとうにお好きなんですね。短い期間にどうしてそんな友情関係を?」


 ルナは不思議そうに訊いた。


「ごほっほごっ!」


 ジナイーダは立ちこめる煙に咳込んでいた。


「お前、なんでそんなにズデンカを縛るの?」


「ふむ。わたしは縛ってなんかいないさ。ただ気ままな旅を続けているだけでね」


 ルナはさらに煙を吐いた。


「そんなことを言ってお前が一番縛ってるんだろ!」


 ジナイーダはまた叫んだ。


「お互いもうちょっと歩み寄りませんか? 詳しく知れば、わたしを批判できる論点だって得られるかもしれない」


「ごほっ。ヤニカスとは仲良くなれない!」


 ジナイーダは顔を背けた。


「ヤニカスとは大層な言われようですね。タバコは思考を明晰にするのに役立つんですよ」


――お前が思考を明晰にしたことなど一度もないだろ。


 ズデンカは内心ジナイーダに味方したいぐらいだった。


「さて、困ったな。ここまで皆の足どりが揃わない段階で、パヴィッチで近々栄える邪宗門カルトの潜入調査なんて出来やしない」


 ルナは顎先に手を持っていきながら言った。


「何だそりゃ?」


 ズデンカには初耳だった。


「今さっき思い付いたのさ。新聞を入手してね。誘拐事件を起こしたらしい」


「誘拐だと」


 ズデンカは不吉な予感を感じた。


「まあ無理そうだけどね。君も反対するだろうさ。でも……気になるな。何でもリンド族と関わりがあるとか言う話で……」


 ズデンカは驚いた。


 ルナにはジナイーダの来歴について簡単にしか説明していない。もちろん、リンド族のアグネスに率いられた集団にいたと言うことも伝えていなかった。


 だが、ルナは生来の勘の強さによってか、なぜかその事実を引き当てたのだ。

 本人が意識しているかは定かではなかったが……。


「その名も『パヴァーヌ』」


「いく! 私がいく。お前は来なくてもいい」


 突然ジナイーダが言い出したので、ズデンカは輪を掛けて驚いた。

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