第五十五話 邪宗門(1)

――ゴルダヴァ中部パヴィッチ


「やっと辿り着いたぜ!」


 綺譚蒐集者アンソロジストルナ・ペルッツのメイド兼従者兼馭者だが今は徒歩の吸血鬼ヴルダラクズデンカはパヴィッチの門を潜ると第一声を放った。


 叫びたくなるのも当然で、三昼夜掛けて宿に泊まったり野宿を重ねながら「やっと辿り着いた」のだ。


 行きはよいよい帰りはなんとやら。


 ズデンカはゴルダヴァ南部の自分の生まれた村周辺でジナイーダという娘を拾った。


 自分から頼み込んで一行に加えたのだが、道中その扱いが大変だった。


「宿屋になんか泊まりたくない! 外で寝る!」


 しばらくの間は黙っていたがルナたちが自分に暴力を振るってこない人々だと言うことがわかると、途端に無茶を言い始めた。


「やーだよ! 宿屋が良いもん! 野宿のせいで背中が痛くなったんだよ!」


 ルナはいつも通りムキになって反抗する。


 ズデンカはそんな二人を仲裁しなければならないのでたいへんだった。

 

「何で泊まりは嫌なんだ?」


 と訊くとジナイーダは、


「今まで宿で泊まったことなんて一度もないよ。野宿がほとんどだった。部屋の中なんて信用出来ない」


 と疑い深い。


「案外部屋の中も良いもんだぞ」


「嫌だよ」


 まだルナたちと信頼関係の構築がなされていない段階なのだ。


 力尽くで宿に押し込める手段も考えられたが、せっかく自分には懐いているジナイーダを恐がらせるような真似も出来兼ねた。


――仕方ねえ。


 ズデンカはジナイーダに付き合って、夜が更けるまで町の外で野宿をした。このあたりは田舎なので夜になると出歩く人も少ない。


 とは言えズデンカたちを追いかけている者たちは夜も昼も構わず襲ってくる。


 気は抜けなかった。


 少しは話をしてジナイーダの生い立ちを知ることはできた。


 孤児院でいじめられて脱走し、飢え死に寸前のところ育ての親アグネスに拾われたこと。


 盗みを少しづつ覚えていったこと。不衛生な街の裏路地を何年も渡り歩いたこと。


 ズデンカは改めて自分の生い立ちがそして来し方がだいぶ恵まれていたことに気付いた。


 話すことでジナイーダはなお一層ズデンカに懐いていく。


 だが、ルナとは溝が深まるばかりだった。


「何でズデンカはあんなやつと一緒に旅をしているの? 男みたいな格好しちゃってさ。いけ好かない」 


 道を歩いているときも敵意を剝き出しにしながら、ルナとカミーユの方を見る。


「なんでだろうな」


 ズデンカも答えられない。


「さっさと離れて二人だけで旅に出ちゃおうよ」


「それはできない」


 ズデンカは焦った。


「なんで?」


「なんでかは知らん。だがあたしはルナから離れちゃだめなんだ」


 曖昧な説明しか出来なかった。かといって相手を怒れない状況なので、何ともしようがない。


 そんなこんなでズデンカはなんとかはぐらかしながら旅を続けてやっとパヴィッチまで辿り着いたのだ。


「ズデンカさん、お疲れじゃないですか?」


 カミーユが心配そうに声を掛けてくる。


「グルルルル!」


 猛獣のような獰猛な表情でジナイーダは睨んだ。


「ひいっ!」


 人見知りで臆病なところがまだ抜けないカミーユは後ろに下がってしまう。 


「やっぱり旅は人が増えた方が楽しいよね。いろいろ面白い出来事が起こってさ」


 ルナはと言えば他人事のような感じだ。


「お前な」


 怒ろうとするズデンカの袖を、ジナイーダが捉える。


「ズデンカはいつもあいつのことばっかり気にしてる」


 ズデンカはその言葉に一瞬虚を突かれたかのようになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る