第五十四話 裏切り者(13)
「ふふっ……変なズデンカ」
ジナイーダは小さく笑っただけだった。ゴルダヴァの生まれではないから、実感が湧かないのだろう。
ズデンカは安心しかけた。まだジナイーダには笑う余裕が残っている。
だが、人は心から絶望したときにも笑うことがあるとズデンカは知っていたから、完全に安心するわけにはいかなかったのだ。
二人は歩みを続けた。
引き返すのだ。ルナの元に。
――ルナが何と言うか見ものだな。
だが、ジナイーダが拒否される心配は無いだろう。
ズデンカはルナを信じていた。
それでも、自分たち一行にジナイーダを引き入れるという思い付きがどれだけ責任を伴うことか考えただけでめまいが――ズデンカはめまいを感じないのだが――してきそうな気になるのだった。
――あたしらは狙われている。
一緒に移動すれば命の危険と隣り合わせになるのだ。
今までは戦闘技術を持つカミーユにだって遠慮していたズデンカだ。
なのに、それなのにズデンカはジナイーダを誘いたかった。
――このまま独りで放り出せって言うのかよ?
短い間でもジナイーダを守ってやらねばならない。ズデンカはそう考えた。
これは偽善だろう。いつかは別れなければならない時が来る。
でも、それまでは束の間の安らぎをジナイーダに与えてやってもいいではないか。
ジナイーダも何も言わなかった。ただその手の温もりだけが伝わってきた。
――人間はこんなにも暖かかったんだな。
ルナが手袋を愛用していることもあって、人の肌と触れあえる機会はあまり多くはない。
自分が人間ではないことをしみじみと感じさせられてしまう。
思えばズデンカには影がない。夜で目立たないし、他の影とごちゃごちゃ交わる場所を移動したため、アグネスたちに察知される心配は少ないと思っていたが、目敏いマレーナは気付いていたかも知れなかった。
元いた場所に戻るまで一時間以上掛かった。が、ズデンカはジナイーダともう話さなかった。
「ぐごー」
ルナは毛布をひっかぶって眠っていた。カミーユはすぐ横で慎ましく寝息を立てている。
「もう昼だぞ。起きろ」
ズデンカはルナを揺り起こす。だが、その動作をすることに我が家に返ってきたような懐かしさを覚えた。
「ふぁー! ねむー! 遅くまで起きてたんだよぉ」
ルナは目を擦りながら懐からモノクルを取り出して装着した。
「おや、どうしたの。お連れさんがいるね」
ルナは立ち上がって興味津々とジナイーダを見詰めた。
「……」
ジナイーダも突如現れたルナにびっくりして黙っている。
「……お前に頼みがある」
「なんだよ、君から頼みごとなんて珍しいね」
ルナは答えた。
「こいつはジナイーダ。かくかくしかじかな訳で」
「これこれうまうまな訳だね」
あうんの呼吸で二人は情報交換した。
「でだな……」
「ジナイーダさんと一緒に旅がしたいんだろう。君の考えてることも少しぐらいならわかるよ」
ルナは言った。
「そうだ」
ズデンカは答えた。
「断る、と言ったら?」
ルナのモノクルがきらりと光った。
「殺す」
ズデンカはルナを睨んだ。
「はははー、冗談だよ! わたしに断る権限があるはずもない。来るものは拒まずさ。好きなだけいてくれていい」
「私は……」
ジナイーダが何か言おうとした。
「ジナイーダさん。長い旅路ご苦労様でした。体が冷えてはいけません。まず毛布を」
とルナは無造作に不器用に自分の被っていた毛布をジナイーダに掛けた。
「はっ、はい」
ジナイーダは畏まってしまう。
「ふう」
ズデンカはため息を吐いた。
そして、カミーユの寝顔を見た。
――まだ、寝かしておいてやろう。起きたら色々説明しなきゃならなくなるからな。
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