第五十四話 裏切り者(12)

「仕方がない。それがお前らの決めたことなんだから」


 ズデンカはため息とともに答えた。


「ふうん。そうですかぁ。ずいぶん弱気なんですね!」


 舐め腐った態度でリルは顔を近づけてきた。


「あ?」


 ズデンカは睨み付けた。


「ひっ、ひいいいいっ、お助けあれぇ!」


 リルは十歩ぐらい後退した。


「ふん」


 ズデンカはふんぞり返った。


「ジナイーダがああなったのは仕方ないよ。これまでも何度も何度も似たようなことを繰り返してたから」


 盗んだ当人であるメイベルは落ち付いた声で言った。


「決まりを破ったのはお前だろうが」


 ズデンカは声を低めて言った。もう怒る気にもなれなかった。


「決まりを守るのは必ずしも悪くないよ。私たちの間じゃね」


 まさに小さなアグネスだ。ズデンカはもう何も言わないことにした。


 アグネスが死んだ後、この集団を率いるのはきっとメイベルなのだから。


 去っていく二人の後ろ姿を見送るのは辞めて、ズデンカは山の向こうを眺めた。


――ルナのやつ、変なことをしでかしてないと良いが。


 今はそれだけが気がかりだった。


 やがて、周りには誰もいなくなった。荷物は軽々と片づけられて、ジナイーダのもの以外残されていない。


 ズデンカは待ち続けた。


 吸血鬼にとって、夜が明けるまでの時間など、瞬くうちに過ぎる。


 ぐったりと赤毛の髪の波の中に沈んだように横たわるジナイーダの傍にズデンカはなぜか移動していた。


――可哀相なやつだ。


 ズデンカは繰り返した。


 暖かな光があたりに溢れた。薔薇色に染まったようだ。


 朝が訪れたのだ。


 それでもジナイーダは昏々と眠り続けた。


 目が醒めたのは昼に近付いてだったが、ズデンカはそれでも待っていた。


「うっ……うう」


 ジナイーダは微かに目を開けて、傍で立っていたズデンカを見た。


「ズデンカ。どうしたの? なんか頭が痛い……」


「仕方ない」


 ズデンカは答えた。


「仕方ないって……えっ! ママは! みんなは?」


「行ったよ」


 ズデンカは答えた。


「行ったって……」


「わかるだろ? お前は見捨てられたんだ」


 ジナイーダは立ち上がっていた。


「え、えっ」


 まだ理解できていないらしい。


「お前には人を騙す能力がないということになった。それは褒められるべきことだ。あんな連中とは一緒に暮らしていても何もいいことはない。だから、もう悩むな」


「私、私できるよ。ちゃんとやれる! この前だって……」


 ジナイーダは顔を赤くしていた。その瞳には涙が宿っている。


「もういい」


 ズデンカはジナイーダを抱きしめた。前、カミーユがやっていたことの猿真似だ。


 滅多にしないことなので、力の加減には細心の注意をこめた。


 押し殺した泣き声が聞こえた。


 ズデンカはジナイーダの呼吸が苦しくならないように隙間を作ることに集中しながら、抱きしめ続けた。


 やがて泣き止んだジナイーダの手を繋いで一緒に歩いた。


 ルナ以外と手を繋ぐ機会が来るズデンカは思ってもみなかったが、思ったより悪くない。


「冷たいね。ズデンカさんの手」


 まだ涙声でジナイーダが言う。


「そりゃ吸血鬼ヴルダラクだからな」


 ズデンカは正直に言った。ここでジナイーダが逃げ出すようなら、それまでだ。

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