第五十四話 裏切り者(11)
「残していくんだな」
「あ、やっぱりズデンカさんはお見通しだ」
マレーナは寝そべりながら朗らかに笑った。
「何がやっぱりなんだよ」
ズデンカは訝しんだ。
そして、続けた。
「あたしにばらしてもいいのか?」
「いいよ。ほんとは寝首を掻こうかって一瞬思ったけどズデンカさんヤバそうだし、私なんかじゃとても太刀打ちできないよね」
ズデンカは吸血鬼なので寝る必要がない。
だからそんな心配はいらないのだが、殺そうと思っていたなどと相手から言われて良い気分になるわけがない。
ズデンカはマレーナを睨んだ。
「あたしは言わねえよ」
「そう。ずいぶんジナイーダに肩入れしてたみたいだけど」
「肩入れなんかしてねえ。正しいやつが泣きをみるのだけは我慢ならなかっただけだ」
「正しさなんて人それぞれだよ」
ズデンカは一瞬マレーナの
その言葉が正しいのではないかと思えてしまうということも世の中にはたくさんある。だがズデンカは最後のところで受け入れることを拒んだ。
――正しさに決まりがなかったら、悪党は何をしてもいいことになる。そんな訳がねえだろ?
いささか葛藤の思いを残しつつ、ズデンカはマレーナを見据えた。
「ジナイーダと今後一緒に暮らしていくのは私たちにとってマイナスにしかならないと思うんだ」
マレーナは穏やかに告げた。
「ああ、そうだろうな」
ズデンカは同意した。
「わかってくれるんだ? ジナが眠っている隙に私たちは出発するよ。ズデンカさんはどうする」
「あたしは残る」
ズデンカはきっぱりと言った。
「そうか。じゃあお別れだね。今生の別れになるかも」
マレーナは
「旅はそういうもんだ」
「そう、わかった」
マレーナは目を閉じた。
眠るふりだろう。
遠くではジナイーダの横に並んでアグネスが何かを話していた。
ジナイーダはとても安心した表情になって頷いている。
リンゴが手渡された。メイベルが盗んだリンゴが。
中にはきっと注射器で眠り薬が仕込まれているのだろう。
涙を拭いながらジナイーダはそれを囓っていた。
――酷いことを。
とズデンカは思ったが、これ以上は何も関与するまいと心に決めていた。
ジナイーダはさして時間を置かず眠りに落ちた。
アグネスはその頭を撫でてやっていた。そして毛布を被せるとゆっくり立ち上がった。
「みんな、行くよ」
ジナイーダを除く娘たちはすぐ用意を始めた。
マレーナも偽りの眠りから目覚め、立ち上がった。
「じゃあね」
黙って坐ったままでいるズデンカに手を振って歩き出す。
――あいつもいつかは独り立ちするだろうな。
その後ろ姿をみながら、ズデンカは直感的に悟った。
アゴタがやってきた。ズデンカは手で追い払う真似をした。
「もう用はないだろ。離れろ」
だがアゴタは手を動かした。
どうやらメイベルを売ったことを気にしているらしい。自分たちに嫌疑が掛かるのが嫌だったからだ、アグネスとメイベルは伝えないでくれということだった。
裏切り者はここにもいたわけだ。
ズデンカはお前のことは誰にも言わないとだけ手話で答えた。
アゴタは安心した顔になって去っていった。
「あ、ズデンカさんだ」
入れ代わるようにリルとメイベルが連れ立ってやってきた。
――こいつらまで来るのかよ。
ズデンカは内心嫌だったが、仕方なく話を訊くことにした。
「ジナを置いていくことについて何も言わないんですかぁ?」
半ば挑発気味にリルは言った。ジナイーダの追放にすっかり気分を良くしたようだ。
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