第五十四話 裏切り者(10)
「いや、そういう訳じゃないよ。リンゴを掏り取るなんて大したもんじゃないか。我が娘ながらそこまで成長していたとは知らなかった」
アグネスは続けた。
やっぱり、予想通りだ。
ズデンカは内心納得していたが怒りはまだ収まらない。
「盗みはよくない行為だろうがよ。しかも大事な仲間の食い物だ。メイベルをもっと叱れ!」
「あたしらのあいだでは、盗みは別に悪いことじゃない。どれだけ相手を出し抜けるかが重要なんだから。日頃から訓練は怠らない方がいいよ」
やっぱり、想像の通りだ。
――こいつらは、普通の社会とは違った倫理で動いている。
ズデンカ一人が脅したりすかしたりしても、変わりようがない。
それだって殺してしまえば今限りだ。
だがルナたちに危害を加える様子のない、疑問符は付くとしても友好的に振る舞ってくれる連中に殺すのはそれこそズデンカの倫理が許さない。
「そうか。わかった」
ズデンカはこれ以上抗弁しないことにした。
受け取ったリンゴ二つをマレーナが持っていた籠の中へと収める。
「ちょっとちょっと! メイベル! あなたなんて酷いことをしてくれちゃったの!」
ジナイーダはメイベルの前に立ちはだかって意気揚々と見下していた。
「……」
「私たちは決まりごとに従って生きてるんだよ! 勝手に一人だけ裏切ってリンゴを盗んで食べちゃうなんてずるいよ! いつか仲間はずれにされたって知らないよ!」
メイベルは抗弁しない。首を傾けて「姉」の話を訊いている。
ズデンカはアグネスのところヘ戻った。
「じゃあお前らのあいだでは誰が問題なのだ?」
もう答えはわかりきっていたがズデンカはとりあえず訊いてみた。
「問題なのはね」
アグネスは厳しい目でジナイーダの方を指差した。
「母親」からそのように見られていることなど露知らず、ジナイーダは胸を反りくり返らせて威張っていた。
もうジナイーダは終わりだろう。
ズデンカは確信した。
集団内でもっとも必要とされている人を騙すことが出来ず、真実を明らかにしたつもりで威張り腐る無能。
そう言う烙印がジナイーダに押された瞬間だった。
近いうちに理由を付けて見捨てられるに決まっている。
――あんな性格なら、すぐおっ死ぬのがオチだ。
ズデンカは可哀想になってきた。
普通の社会だとジナイーダのしたことは当たり前のことで、母親から褒められるべきなのだ。
ジナイーダはスキップしてアグネスのところまで走ってきた。
「ママ、ママ! 犯人を見付けたよ! もっ、もちろん、ズデンカに協力しては貰ったけど……でも私の大手柄だよ! 凄いでしょ! 偉いでしょ!」
よっぽど褒められていないのだろう。
「良かったね。お前は大した娘だよ」
アグネスは微笑んだ。
ジナイーダも微笑み返した。
だが、ズデンカはそれを見て嫌な気分になった。
「さあ、ここらで休むとしようか」
アグネスはすぐに話を切りかえた。
「えっ! それだけなの!」
ジナイーダは不満そうだった。あからさまに唇を尖らせている。
アグネスは無視した。
皆は寝る準備に掛かった。ズデンカも手伝う。寝具を並べ、雑魚寝する。
ルナ側と同じだ。
ズデンカは長く戻っていないことが気にかかったが、まあルナのことだ。一日ズデンカが帰ってこなくても心配はしないだろうと思われた。
「ズデンカさんも寝ないのぉ?」
真っ先に横たわったマレーナが訊いてくる。
「ああ、まあ」
ズデンカは曖昧に返事をしながら、マレーナの隣に坐った。
ジナイーダは手伝うこともせず、皆から離れて草の上で膝を抱え、独り拗ねていた。
――可哀相に。
ズデンカは心の中で繰り返した。
アゴタがやってくる。紙切れをマレーナの手に押しつけてすぐに去っていった。
「ジナイーダの件だな」
ズデンカは
「うん。わかるよね」
マレーナは苦い微笑を浮かべて答えた。
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