第五十四話 裏切り者(9)
山を下りきった。
そこもまた平原だった。
――これで、ルナたちからだいぶ引き離せた。
ズデンカは安心した。
もう列を離れて逃げてしまっても何の問題もないのだ。
だが。
「ズデンカ……ズデンカぁ」
甘い声で自分に縋り付いてくるジナイーダが気になる。
事件をあきらかにせずにここを去るわけにはいかないだろう。
いや、解決したとしてここまで懐いてしまった相手を振り放せるだろうか。
ジナイーダは他に居場所がないのだ。
「はぁ」
ズデンカはジナイーダをゆっくり引き離して、他のものへ向かって歩き出した。
「おい、リル」
そして、呼びかける。
マレーナと並んでいたリルはびくんと背筋を反らせた。
「なっ、なんですかぁ!」
「やっぱりどう考えてもお前とアゴタが共謀して盗んだとしか思えないんだが」
「しょっ、証拠は?」
リルは適確に訊いてくる。やはり只者ではない。
「証拠はないが、ジナイーダによればアゴタはスリがうまいそうだ。なら話は決まりだろう」
「そ、そ、それはジナの情報でしょう! 嘘を吐いてるに決まってますよ!」
リルはどもりながら言った。
「どうしたんだよ! コンビを組んであんなに財布をせしめたとき、喜び合っていたじゃない!」
勝ち誇ったようにジナイーダは言った。
だが、ズデンカは悟った。
ジナイーダはあまりにお喋り過ぎる。
身内のことをぺらぺら喋る人間は普通の社会でも信用されない。
ましてやリンド族で相当年季の入ったアグネスは身内の手柄をよそ者であるズデンカにすべて伝えるような娘を今後手元に置いておきたいと思うだろうか。
実際、一切の笑みを表情から消して、冷たくジナイーダを見ていた。
盗みはこの集団では悪ではない。悪なのは仲間の盗みを邪魔することだ。
そのとき、背中に回していたズデンカの掌を冷たいものが何度か掠めた。
驚いた。ズデンカは自分の周りに近付いてこられる人間をたいがい察知することができる。
そうしないとこちらが攻撃を受ける場合があるからだ。
だが、今回は出来なかった。
考えごとに耽っていたのせいもあるだろう。
それでもズデンカは口惜しかった。
――アゴタに違いない。
言葉で伝えられる者なら、直接話しただろう。
それをしなかったのだから。
アゴタのスリの技術はなかなかの者だとズデンカは口惜しいながら感心した。
ズデンカはアゴタが伝えようとした言葉を思い返した。
「犯人は……メイベル……!」
ズデンカはアゴタを見詰めた。
静かに眼が合う。
二度、三度。
アゴタは頷いた。
「はぁ」
ズデンカはため息を吐きながらメイベルの元へと歩いていった。
「お前が犯人だな?」
「そうだけど」
メイベルは否定さえしなかった。
「何で盗んだ? どうやって籠から?」
ズデンカは怒りを込めて訊いた。本来は自分が怒る筋合いも何もないのだが、なぜか腹が立っていた。
「今後ひもじい思いをしないために。普通に自分の番の時一つづつ
メイベルは簡潔に答えた。
「ひもじいのはお互いさまだろう。さあ返せ!」
ズデンカは手を差し出した。
メイベルは渋りもせず、身を蔽う服の中に手を入れて、リンゴを三個取り出す。
「二個はもう食べちゃったよ」
メイベルはこともなげに言う。
「そうかいそうかい。なら別に構いやしないよ」
アグネスは後ろで静かに言った。
ズデンカは振り返る。
「何だと? 盗んだ奴を罰しないのか? まさかてめえ己の実の娘だからって、許してやるつもりなのか?」
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