第五十四話 裏切り者(8)

「何を入れていたんだ?」


 ズデンカはジナイーダに近付いて耳元で囁いた。


「リッ、リンゴ! 五個はあったはず」


 ジナイーダはどもりながら答えた。


「なるほど、なら上手くやりゃあ隠せないことはないな」


 とくに連中は頭巾を被り、身体をすっぽり蔽い尽くす服を着ている。中に入れることは十分に可能だろう。


「身体検査をするべきなんだよ!」


 マレーナに自分の立場が奪われそうになったため、名誉挽回を果たそうとしているようだった。


「お前も災難だな」


 ズデンカは少し優しく言った。


「そうだよ。なんで、いっつも私ばかり責められないといけいないんだよ! ママも褒めてくれないし」


「お前なりに頑張っているのに」


 ズデンカは更に声を小さく、親密な者に語り掛けるかのように言った。


「ズデンカ! 言ってくれるじゃない! 私は私なりに頑張ってんだよ。でも、みんなそれを認めてくれないんだ」


――こいつはじきに仲間外れになるだろうな。


「辛いよな。お前もアグネスの子供として認めて貰いたいんだよな」


 ジナイーダは目元を拭った。赤くなっている。泣いていたのだ。


「ぐすっ……うん……そうだよ。ズデンカ、あんたがわかってくれるなんて……」


 ズデンカは予見した。


 近い将来、もう数年は後かも知れないが、アグネスは間違いなくジナイーダを追放するだろう。


 リンド族には人を上手く騙せない者を追い出す風習があると訊いている。


 感情があまりにも現れすぎる。操るのは簡単だ。


 もちろん、感情が高ぶっているふりを演じることは可能だ。


 懐柔された真似も。


 だが見知らぬズデンカの前までこうぺらぺら喋ってしまうのは致命的だろう。臆病に見えるリルの方がまだ狡猾だ。


 実際今はマレーナに寄り添って情報交換をしているようだ。


「お前だから言うが」


 これは、相手を操りたい時の常套句だ。ズデンカはジナイーダに囁いた。


 その頬が赤くなったのがすぐわかった。


「リルかアゴタかどちらが怪しいんじゃないかとあたしは思っている」


「アゴタ! ママはアイツにスリを仕込んだんだよ。言葉が話せないからせめてそれだけでもって。そしたらいつの間にか上達しちゃって、マレーナの口八丁でお客が騙されている間にその懐から財布を取っていくのが得意なんだよ。私は……それなのにやつより何も出来ない……ママだって私を前に出したがらないし。リルも鬱陶しいやつ。ぜったい二人の共犯に違いない!」


「辛かったな」


 ジナイーダはズデンカの肩に頭を寄せた。


 それも当たり前だとズデンカは思った。ジナイーダではあまりにも顔に感情が出てしまうからだ。


――連中が属しているのは誠実な善人より、狡猾な盗人が評価される社会だ。


 アグネスは表面上怒ったふりをしているが、食べ物を知らない間に盗んでそれを隠し通せるような輩ほど自分の手許に長くおいておきたいに違いないだろう。


 そう考えれば、犯人捜しなど本当にするべきなのかズデンカは疑問だった。


「絶対見付けてやる!」


 だがジナイーダの瞳はメラメラと敵意の炎で燃えたぎっている。


 ジナイーダにほだされたわけでもないが、犯人を見付けないとどうしようもない。


 ズデンカはリルとアゴタを詰めることに決めた。

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