第五十四話 裏切り者(7)

――こいつら、怪しい。


 ズデンカは直感した。


 ズデンカはアゴタの前に立ち塞がり、軽く手を動かした。


 お前が盗んだのかどうか、今のあの目配せはなにかと訊いた。


 手話を出来る限り使ってみたのだ。


 どうやら、少しは通じたらしい。


 アゴタは手を動かし、自分は盗んでいないし、リルとは偶然眼が合っただけだと説明したようだ。


――信じられねえな。


 ズデンカは睨んだ。だがそれを手で伝えるのはやめにした。


「おう、リル」


 ズデンカはリルに歩み寄った。


「なななななな、何か用ですかぁ!」


 リルは金切り声を上げた。


「お前が盗んだんじゃねえか?」


「なんで私が盗むんですか! 私小食なんですよ! そんなにいっぱい食べれません。こんなに小柄で、夕食なんかいつも残しちゃうんですう!」


 口を割れば予想外に饒舌なリルだった。


――信用できねえなあ。


 ズデンカは警戒を強めた。


「お前が食ったと言っていない。物を隠すような手段は幾らでもあるし、少しずつ捨てた可能性だってある」 


「何でそんなことをするんですか!」


「さあな。短絡的な悪意からでも人は罪を犯す」


 ズデンカはこれまで経験してきたことから抱いた雑感を述べた。


「そういう人はいるかも知れませんが私とはぜんっぜんっ違いますよ。百八十度も違う!」


「あなたでしょリル。みんなの中で一番性根がいじけて、軽薄なのはあなただから!」


 いつのまにかジナイーダもズデンカに加勢していた。


「ひっどい! うわーん、ジナがいぢめるぅ!」


 怯えながらリルはマレーナに抱き付いた。


 その頭をマレーナは撫でた。


「よしよし。ほんっとーに猜疑心の強いお姉さんねえ、ジナイーダは」


 ジナイーダは身を前に乗り出してマレーナを睨み付ける。


 ズデンカも自分の疑いが否定されたわけであまり良い気持ちにならなかったが、こういう風に場を掻き乱すこと自体がマレーナの重い壺だと思い怒りを抑えた。


「おい、ジナイーダ、それを貸せ」


 ズデンカはジナイーダが手に持っていた籠をひったくった。


 底を見てみる。


 あなは開いていない。


 孔から地面に落ちていったとすれば誰も盗んでいないわけで、全くお笑いぐさだが、どうやらそうではないらしい。


――誰かが盗った。それは疑いない。


  都会の警察のように指紋を採取するわけにはいくまい。


 もっとも取れたとして全員分のものがついてるだろうから、犯人を特定には到らないだろうが。


 だがリンド族のアグネスの一家は全員クセが強い性格だ。


 ズデンカはこんな難問を押しつけられて、いい迷惑だった。


 だがルナとカミーユから連中を精一杯引き離しておくための時間稼ぎを続けなければならない。


「お前ら、とりあえず歩くぞ。この山を下り切ってからじっくり話をしようぜ」


 籠をマレーナに渡すと、ズデンカは歩き出した。


 最初は渋りがちだった皆も三々五々尾いてきた。


「誰が盗んだの!」


 ジナイーダはまだこだわっている。


 ズデンカは推理を続けた。


 もしかしたらもっと複雑に捉えた方がいいのかも知れない。


 この状況自体を作り出したくてマレーナが騒ぎを起こしたのかもしれない。だとしたらどうやって?


 マレーナは遠く離れていた。まさかルナのように能力を駆使して消滅させる訳にもいくまい。


――それに中には何が入っていた?


 ズデンカは食品としか訊いていない。


 パンか、干し肉か。


 それによって消し方も変わってくるかも知れないではないか。

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