第五十四話 裏切り者(4)

 ちょっと前ズデンカは砂漠を渡る隊商の話を訊いたことがあった――その願いの対価として、カミーユが旅に同伴することになったのだ。


 まるで今は月下の隊商だ。砂漠ではなく、平原と山地の間を縫っているのだが。


 月の光のシャワーを浴びて、マレーナの黒髪も、ズデンカの黒髪も、穏やかに輝いた。


「人生なんて終わりのない脱走みたいなもんだろ」


 ズデンカは言った。


「ふっふー。哲学的だね。ズデンカさんは」


「そうか?」


 ここで上手く相手に乗せられてはいけない。それはリンド族の口車なのだから。


「だって、そんな風に考えたこともなかったよ」


「長く生きていれば考えもするさ」


「え? ズデンカさん私より年下でしょ?」


「そうだったな」


また無言になってズデンカは歩き続けた。


――どこまで行くと言うのだ。


 首を傾げているマレーナは馬鹿なふりをしているが頭が回るだろう。


 どこかズデンカの持つ妖しげな雰囲気を感じ取ったかも知れない。


――だからどうした。


 山道の移動はズデンカにとってはむしろ楽だった。かなり遅れたマレーナが後ろの方に下がったからだ。


 だが、前の連中も難航しているらしく、ズデンカの方が追い付いてしまった始末だ。


「あんた、なんでそんなに登れるんさ」


 アグネスが訊いてきた。


「運動の成果だ」


 ズデンカはシンプルに答える。


「運動でそんなに筋肉がつくかねえ? あたしも色んなところ脚で旅してきたけど。年のせいかへとへとだよ。はあ」


 アグネスは荒く息を吐いた。


 ズデンカは無視した。


 先を行く他の娘たちもみんな難渋しているようだ。


 頭巾を被っているので皆同じ格好だがズデンカはマレーナが指した娘――メイベルをちゃんと覚えていた。


 だがとくに話し掛けるでもなくズデンカが通り過ぎようとしたとき、


「この中に裏切り者がいるよ」


 と声が聞こえた。


「裏切り者だと?」


 ズデンカは思わず振り返った。


「……」


 人見知りなのか、皆黙り込む。


 一人外を決したように頭巾を脱いだ。


 赤毛の娘だった。そばかすまである。


 メイベルではなかった。


「お前の名前は?」


 ズデンカは訊いた。


「ジナイーダ」


 さっきのと同じ声が答えた。グリーンランディアの人名だった。


――本当に色んなところから集まってきてやがるな。


 ズデンカは思った。


 だが、続けざまに問う。


「裏切り者とは誰のことだ」


「知らないよ。でもいるんだ。食べ物がごっそりなくなっていたからね。手を付けるときは許可を取らなきゃだめって言う決まりがあるのに」


 ジナイーダは捲し立てた。


「へえ、それは面白いな」


ズデンカは苦笑した。


 どうも、人を騙す連中の間でも厳格な決まりがあるようだ。そうでなければ集団の統制がとれなくなり、たちまちのうちに瓦解するからだろう。


「面白くなんかないよ! 旅はまだまだ続くんだよ。何にもないなんて困る。とんでもない裏切り行為をしでかしやがって!」


ジナイーダは怒鳴った。


「アグネスがなんか籠を持っているじゃねえか。あそこに食い物はねえのか?」


 ズデンカは指差した。アグネスの右手には大きめの籠があった。袋も背負っていた。


「あれは……」


 ジナイーダは口籠もる。きっとあそこには毒薬や人を騙くらかす数多くの道具が入っているのだろう。


「盗まれたのなら、犯人を見付けなきゃいけないな」


 ジナイーダに助け船を出すつもりはないが、ズデンカは話を続けた。


「だから、それを今訊こうとしてたところであんたが来て」


「あんたじゃねえズデンカだ。さっき紹介してただろうが」


 ズデンカは睨んだ。

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