第五十四話 裏切り者(3)
「なんだね。あたしらの親切を受けたくないって言うのかい」
アグネスは不満そうに言った。
「いや食欲がないってだけだ。水分も飲みたくない」
ズデンカは頑なに拒んだ。
「そうかい」
流石にそれ以上はアグネスは誘わなかった。
「お前たちがあたしに何もしてこないなら、あたしの方でも何もせず見送るが」
ズデンカは釘を刺すように言った。
「もし戦うつもりなら……」
鋭く睨み付けるようにアグネスを見た。
「ぶっ、物騒だね。単にあたしらはここを通りたいだけだよ」
「そうか。本当に通るだけか。なら、暫くあたしが着いていっても問題ないな」
実のところ、ルナと連中を会わせたくないのだ。
ルナはいつも通り話を要求するだろう。なら連中に騙される可能性も増える。
ズデンカだけなら幾らでも騙されるのはかまわない。騙し瞞されが人生だとする考え方は揺るぎないものだ。
しかし、ルナが騙されてしまうのは我慢ならなかった。
――こんな連中の相手はあたしだけで十分だ。ルナもカミーユも絶対近づけてはならない。
幸いさっきいた平原とここはずいぶん離れている。ルナの脚ではなかなか追いつけるはずもない。
――星の観察に目を奪われてくれていれば良いが……。
ズデンカは祈った。
気まずい雰囲気のまま移動が再開される。しずしずと動くアグネスたち。
「このままの方向でずっといくのか」
ズデンカは訊いた。
「そうだけど、何かまずいのかい?」
「いや、高低差があり過ぎて疲れるんじゃないかと思ってな」
ズデンカは都合のいい嘘を探した。
「まあゆっくり行くつもりだよ。途中で休み休みしながらね」
アグネスは答えた。表情には少しも疑いの色は見えない。
ズデンカは何も言わず、一行の後ろ側に移動した。
「ズデンカさんはどこの生まれ?」
いつの間にか近付いてきたマレーナが、甘ったるい声で囁いてきた。
「ここだが」
ズデンカは離れながら言った。
「そう。私はランドルフィで生まれてね。ママに拾われたんだよ」
――ああやっぱり想像の通りだ。
ズデンカは納得していた。実際マレーナの言葉には少し訛りがあった。
「お前らは全員血繋がりじゃないのか?」
「いや。本当に繋がってる子が一人だけいるよ」
とマレーナは前を歩く頭巾を被った人々を指差した。
「誰だ」
「わたしは一番長くいるからわかるけどね。後ろから三番目の子。メイベルって言うんだ。ママの本当の長女だよ」
「オリファントの名前だな」
「うん。ママはそこの生まれだよ。わたしも何度か行ったけどね」
信用ならないが、マレーナはなぜか親切に教えてくれる。
ズデンカは歩みを進めた。
「色んなところを旅しているから色んな言葉を覚える。ズデンカさんもそうだよね?」
「まあ多少はな」
ズデンカは言った。謙遜気味に聞こえたかも知れない。
「その服、ってことはご主人がいるの?」
マレーナは流石に鋭い。
「いた。嫌で、逃げ出してきたんだ」
ズデンカはまた嘘を吐いた。人を騙す連中には騙すことで応じ続けるしかない。
「死んだ」とも言おうとしたが不吉な気がしてやめておいた。
「へえ。凄いね。脱走の経験なんて私にはないよ」
マレーナは素直に感心していた。
一行は進む。
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