第五十三話 秩序の必要性(7)

「え?」


 笑顔を固まらせたまま、アリエッタは口を動かした。


 バルナボの方が気付くのは早かった。


 アリエッタの肩を抱き、後ろへ引き寄せる。 


「何を言っている?」


 そして、フランツを睨んだ。


「お前が一番わかるんじゃないのか」


 フランツは総ての感情を殺しながら、相手を見据えた。


「……」


 バルナボはしばらく黙っていた。


「お前らはシエラフィータ族を殺しに手を染めた。スワスティカの元メンバーだな?」


「……」


 バルナボはなお黙っていた。


「沈黙は同意と受け取っていいか」


 フランツは訊いた。


「アルトマン兄妹。カザックはハイムを中心に活躍していたスワスティカの中堅幹部。なるほど、だいぶお写真の方と顔が変わっていますけどね……整形したんでしょうか」


 オドラデクが後ろから声を掛けた。


「オダンさん?」


 状況が変わったことにやっと気付いたのか、アリエッタは目に見えて怯え始めたようだった。


「お前、知っていて俺に伝えなかったな」


 フランツはオドラデクを睨んだ。


「伝える時間がなかったってだけですよ。顔だけじゃなく色々な各地の情報を解析する手間も掛かりましたし」


 アルトマン兄妹の名前をフランツは耳にしたことがあったが、直接見たこともなければ顔写真もざっと目を通しただけだった。


 眼の前の二人とは全然違う。言われなければ気付かない。


「ぼく、オドラデクっていいます。これが最後になるけど、覚えててくださいね。あ、この人はフランツさん。それからファキイル」


 オドラデクは身内の紹介を始める。


「黙っておけ」


とフランツは釘を刺した後で、


「俺はスワスティカ猟人だ」

 

 自分も紹介のようなことを言った。

 

「まさか……アメリーゴたちを殺したのか」



「なるほど、クズはクズなりにネットワークがある訳ですね。フランツさん、殺したこと知られちゃってますよ」


 オドラデクが嘲笑うかのように言った。


 アメリーゴとはかつて旧スワスティカ特殊工作部隊『火葬人』席次四、ブラバンツィオ・マンチーノの元で暗殺を手掛けていた小人たちの棟梁リーダーだ。


 フランツはパヴェーゼでその小人たちを殺していた。


 その情報は、瞬く間に知れ渡ったらしい。この二人もおそらくはそれを聞いて国を出ようとしたのだろう。


 まさかその帰りに、当の猟人と遭遇することになるなど思わずに。


「何が望みだ」


 バルナボは訊いた。


「もちろん、お前らには罪を白状して貰う」


フランツは静かに言った。


「それで助けてくれるのか?」


 バルナボは言った。


「約束は出来ない」


 フランツは答えた。


「そんな! フランコさん、あんなに楽しくお話ししたじゃない!」


 泣きそうになってアリエッタは叫んだ。


「お前たちは我々の同胞を殺めた。そして、今も生き続けている。スワスティカの残党が少しでも存在し続ければ、この世界の秩序は乱れる」


 もう怒りの感情は湧かなかった。


 穏やかな殺意だけがあった。


 バルナボがいきなり地を蹴って躍り上がった。


 物凄い力だ。


 土煙が逆巻いて空へ向かって上がる。


 ヒノキの枝が揺れに揺れる。


 フランツは『薔薇王』を抜いた。


「さすが中堅幹部、なかなか凄い勢いですねえ」


 背後を固めるオドラデクは涼しげだ。


 だがそんなオドラデクより、フランツの方が弱いと見抜いたのだろう、バルナボはフランツを突き飛ばして逃げようとした。


――そうはさせるか。

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