第五十三話 秩序の必要性(5)
フランツは止めたかったが、物凄い勢いで肉を咀嚼していくオドラデクを止められるわけがなかった。
「もぐもぐ、くちゃくちゃ、くちゃくちゃ、もぐもぐ」
音を立てて食べるオドラデクをフランツは注意した。
「みっともない真似はよせ」
「くちゃくちゃくちゃくちゃ」
オドラデクはフランツを向いて噛み続けた。唾まで飛んでくる。
フランツはハンカチで拭いた。
「はははははははっ、オダンさん面白いわね!」
アリエッタはそれを指差して笑った。
「フランコもオルランド生まれだろ?」
バルナボがいきなり訊いてきた。
「いや、生まれてはいないが長く過ごしたことがある」
これは嘘ではなかった。
「そうか。まああのへんはみんな言葉が同じだからな」
「あんたの祖父さんがいるんだってな」
「そうだ。なんども里帰りしたことがあるぞ。アリエッタを連れていくのは今回が初めてだけどな」
――嘘八百を言うな。
「あんた、戦中は何してた?」
フランツは話を変える。
バルナボはアリエッタとさほど変わらないか数歳年上なだけだろう。
「港で働いてたよ。今もだけどな」
バルナボは手短に答えた。
確かに労働者らしく、その二の腕は太い。アリエッタがフランツを褒めたのすら不自然に思えるほどに。
――やはり勘付かれたか。
スワスティカ猟人の名前は、社会に隠れ潜む残党の連中ならどこかで訊いたことがあるはずだ。
そんな状態で過去について質問するというのは、あえて自分の正体を明かすのとひとしい。
フランツはあえて鎌を掛けてみたのだ。
しかし、バルナボは何も言わず朗らかに微笑んでいるだけだった。
――気付いていないのかも知れない。芝居を打っているのかも。
フランツは色々考えてみたが、どうもしっくりこない。本当に、関わりがないのかとすら思えてきた。
だが。
――そんなはずはない。きっと、普通の人のように生きている連中だ。俺がもっとも憎んでいる種類のやつらだ。
戦中はシエラフィータ族の虐殺に手を染めておきながら負けた後でその手を拭って普通の人のように楽しく生きている。
――その手で同胞は殺されたんだ。
フランツは心の中で醒めた炎がメラメラと燃えあがるのがわかった。
「彼女さんとはそろそろ結婚か?」
フランツはまた訊いた。
「ああ。できれば年内に済ませればいいのだがな」
――そうはさせんぞ。
フランツは誓った。
近いうちに殺す。
罪をはっきり白状させた上で。
フランツは相手を見据えながら手を握り締めた。
「どうしたの? 急に深刻な顔になって」
アリエッタが口を挟んだ。
「なんでもない」
フランツは言い渋った。
「疲れてるの? 汗も掻いてるし」
――しまった。俺としたことが。感情をコントロールする訓練は受けたのに。
フランツは焦った。
「急に熱気が籠もった部屋に入ったからだろう」
「そうなのー。じゃあ、ポーチ持ってくればよかったなぁ。扇が入ってるの。煽いであげられるから」
優しくアリエッタは言ったが、フランツはその顔を見る度にはらわたが煮えくりかえってきた。
――戦争中、子供の俺と会ったら何も言わずに笑いながら殺していただろう。
憎い。
憎い。
だが、憎しみ募らせて頂点まで達したとき、フランツの心は急に穏やかになった。
ある言葉が浮かんだからだ。
それは、秩序だった。
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