第五十三話 秩序の必要性(4)

 アリエッタの年齢は大目に見積もっても三十前後だろう。


 なら、敗戦時には二十才ぐらいだ。


 女性党員も多くいたと言うから、そのなかの一人で間違いなかろう。


――いや、あのバルナボという男もきっとそうに違いない。


 フランツはすぐに記章をそのままの位置に戻し、ファキイルの元へ急いだ。


「あいつは、――いや、多分彼の二人ともスワスティカの関係者だ」


「そうなのか」


 ファキイルは素直に頷いただけだった。


 犬狼神にとってみれば、十年などまばたきするようなあっという間のことだ。


 その間にトルタニアの大半を勢力下に収めていた国のことなど、興味がないに決まっている。


 フランツはオドラデクの方に急いだ。


「おい」


 小声で話し掛ける。


「知ってますよ。今は言わないほうがいいですよね」


「お前……」


 フランツは憤怒を堪えた。


 オドラデクは自分の髪の毛をあちこちに残している。


 そして、その周囲で起こったことを知ることができるのだ。


――つまり、自分は監視されていたと言うことだ。


 オドラデクに馬鹿にされるのはいつものことだが、これは相当頭にきた。


 だが押さえて押さえて何とかその炎を吹き消した。


――今は騒ぎを起こしてはならない。


 アリエッタらに気付かれてはならない。


 平静に平静に。


 何事もなかったかのようににこやかな笑みをかたち作りながらフランツは進んだ。


「フランコ、きもちわるい」


 オドラデクに囁かれる。


 フランツはさすがにその脇腹に肘を叩き込んだ。


「ごふっ!」


 もちろん、痛くはないのだろうが大袈裟にリアクションしてくれる。


 フランツはすたすたと進んでいった。


「何食べよう」


 アリエッタが迷っていた。


 国境付近は人の出入りも多いのでたくさんの料理屋がのきを連ねている。


「ステーキがいい」


 バルナボは迷わず近くにあった店に入っていった。


 開かれた扉からはムンムンとした熱気と肉の匂いが漂ってくる。


 フランツも異論はなかったので中に入る。腹は減っていたが、食いたくはなかった。


「ぼく、一番大きいやつ!」


 オドラデクは子供みたいにはしゃいでいた。


 皆でオーク材のテーブルに着く。


「フランコさん、二の腕良い感じよね」


 席に着くなり、アリエッタはフランツを褒めてきた。


 フランツは少し頬が熱くなるのを覚えた。


「それでわかるんですか? フランコってばさあ、こんな暑いのに背広なんですよ」


 オドラデクはなおもフランツの偽名を呼び捨てにしながら、こともなげに言い立てた。


「わかるわよ。男の人の腕は……見慣れているからね」


 アリエッタは艶めかしく笑った。


 フランツは無言のまま運ばれてきた水を飲んだ。熱くなった頬が冷える気がした。


――こいつ、何を考えている。


 フランツは思考を続けていた。


 もし、自分がスワスティカ猟人ハンターだとばれていたら、向こうから何か仕掛けてくるだろう。


 先手を打って殺さなければ、こちらが殺られる可能性はある。


 もちろんオドラデクは大丈夫だろう。だが守ってくれるとは限らない。


――自分の身は自分で守らないと。


 そう考えてすぐに水を飲んだことを後悔した。


 短い隙でも中に薬は仕込めるのだ。


 だが、別に眠くも身体の調子も悪くもならず、山盛りの肉がそれぞれの皿に運ばれてきた。


「いっただきまーす!」


 オドラデクはフォークとナイフを両手で握り締め、肉を切り分け始めた。

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