第二十七話 剣を鍛える話(4)
オディロンは言葉もなく驚嘆しながら、ファキイルを見詰めた。
「昔、そういう職人と知り合ったことがあってな。三十年掛けて諸国を彷徨い、一本の剣を作り続けていた」
「昔って、あんたは……?」
流石のオディロンも、ファキイルの幼さを見て怪訝に思ったようだ。
「いっ、いや、俺たちは色んなところを旅して回ってるんでな」
フランツは焦って取り繕った。
――何で俺が。
「そうか。だが、三十年も作り続ける奴がいたとは。俺もまだまだだ」
オディロンは素直に己を省みているようだった。
「三十年掛けても完成はしなかったようだぞ。もうかなりま……」
オドラデクが笑顔でその口を押さえていた。ファキイルは抵抗もしない。
「寝る場所はないか? ……疲れてしまってな」
フランツは安心しながらも、肝心なところは訊かなければと思って言った。
「昔の部屋がある」
オディロンは手短に言って案内した。
歩く度に床が軋んだ音を立てる。
「あらあら、ちゃんと掃除しているんでしょうかねえ?」
「俺が使うところだけはな」
「と、言うことは……?」
オドラデクは嫌そうな顔をした。
予想は当たった。埃と蜘蛛の巣だらけだ。
部屋の隅で埃を被っていた箒を慎重に取り出して、フランツの掃除が始まった。
手伝わないことには定評があるオドラデクも流石に口を蔽いながら手伝った。
ファキイルはベッドの端に腰掛けてそのままぴくりともしなかった。
「凄いなあ。何年放置してるんです?」
と訊いてもオディロンの姿はいつの間にか消えていた。
窓を開けて外のひんやりとした空気を取り込む。
溜まった埃が影もかたちもなくなるまで二時間近くかかった。
昼時になっていた。
「ふう、すっきりしたあ!」
元の真っ白さを取り戻したベッドに頬をすりすりさせてオドラデクは言った。
「寝るぞ。男に戻れ」
フランツは言った。
「えええっ。このままで良いじゃないですかぁ?」
間延びした声でオドラデクは言った。
「ふぁー」
フランツはもう半ば訊いていなかった。疲れている上に掃除をして一層疲れたからだ。
布団もよく匂いを嗅いでみるとまだほこり臭かったが天日干ししている暇もないので頭から被った。
ファキイルやオドラデクが傍にいるのにも拘わらず、たちまちにして記憶は途絶える。
目覚めるともうすっかり夜になっていた。
――ルナ・ペルッツもこんな昼夜逆転生活だったな。旅をしているときの方がまだ習慣が安定するとか抜かしていた。
時計を見て真っ先に考えたことがそれだった。
オドラデクは横で寝入っているふりをしていた。
女の姿のまま、シャツを肌けている。
「起きてるくせに。お前は寝ない」
ぱちりと片眼だけが開かれる。
「ふふん。さすがに騙されないか」
「ファキイルの姿が見当たらないが」
それは無視して部屋の中を見回していった。
犬狼神は跡形もなく消えている。
「あー、さっき地下室の方で軽快な音が響いてきたんですよ。きっとオディロンさん、剣を鍛え始めたんじゃないかっていったら、止める暇もなく降りていって」
オドラデクは何食わぬ顔で言った。
「止めろ」
「やーですよ。あんな陰気な人と長くはなしてたくないですもん。あー、フランツさんもそうでしたか」
フランツは立ち上がった。ドアを開けてみれば確かにコンコンと何かを叩き付けるような音が下から響いてくるではないか。
軋む床板を伝わって。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます