第二十七話 剣を鍛える話(3)
――それに、親子連れってなんだ?
自分がオドラデクと夫婦だということを考えただけで虫酸が走った。なら、ファキイルが自分の娘ということになるではないか。
――決まりが悪い。
「あなたぁ!」
と叫んで側に寄ってくる。腕まで掴んできた。
フランツは思わず三歩退いた。
ファキイルは泰然としている。
「この村には宿屋がないということだったのでな」
「はあ、言っとくけどうちは家族で手一杯だからね」
中年女はきっぱり断った。
「じゃあなぜ来た?」
フランツはそろそろ腹が立ってきた。
「親戚に家が空いてるやつがいるのさ」
女は言った。
「なるほど。じゃあ早速行こう」
フランツは素直に従った。正直な話、身体の疲れが半端なかったからだ。船の上から飛行まで慣れない動きをさんざんしてきて怠さが身体に満ち広がっていた。
――眠りたい。
心の底からそう願った。
四人は歩き出した。
ファキイルも穏やかに尾いてきた。
村の中心から大分は慣れた周りに海が見えないほど遠い場所ヘ連れていかれた。
結果としてフランツはまた足が疲れてしまった。
手で口を蔽ってあくびを噛み殺す。周りに見られたくないためだ。
「お疲れですかぁ?」
耳元でオドラデクが囁きかけてくる。
「ああ」
正直に答えることにした。
「奇遇ですね。ぼくもなんですよ。ほんと、息がぴったりですね」
「そうとは思わん」
蜘蛛の巣が樋に張り、板葺き屋根が傾いだ小屋が見えた。今の季節ならあんな中で暮らすのは寒そうに思える。
「ここは鍛冶屋なんだよ。でも、もう十年以上も何も作ってないけどね」
女が言った。
「ええっ、鍛冶屋が作らないでどうするんです。
言葉とは裏腹にオドラデクは元気そうに飛び跳ねて女の方へ向き直った。
「最近はちょっと都会に出ればすぐいいものが買えるからねえ。作れもしない変人の鍛冶屋にお願いしなくてもいい」
女は冷たく答えた。
「へえ、何て名前の方で?」
「オディロン」
「珍しい名前ですねえ」
「名前通りの変人よ」
女はドアをノックした。
痩せ形で猫背の男が扉の中から姿を現した。
「夫婦連れが泊まりたいんだって。お願いできない?」
女は聞いた。
「いいが」
オディロンの声は低く陰気だった。
「じゃあお願い」
話は決まった。
女はすぐに歩み去って行き、一行は家の中に吸い込まれた。
「はじめましてぇ! よろしくお願いしまーす!」
オドラデクは黄色い声を張り上げて挨拶した。
オディロンは返事しない。
「鍛冶屋なのか?」
フランツが聞いた。
「そうだ」
オディロンは答えた。
「ふんだ。陰の者同志、話が合うんでしょーよ」
オドラデクは気分を害したようだった。
「だが、十年は作っていないと聞いたぞ」
「作っていないのではない。作り切れていないのだ」
オディロンは静かに言った。
「作り切れていない?」
「俺は、十年掛けて、一本の剣を作っている」
オディロンは手を震わせた。
「はぁ?」
フランツは訳がわからなかった。
「ええええええええ。そりゃすごい。そんなに凄い剣、ぼくぜひ見てみたいですよぉ」
夫婦だという建前も忘れてオドラデクはオディロンに近寄った。
しかし相手は気にしておらず、
「見せる訳にはいかない」
ときっぱり断るのみだ。
「なるほど汝は本物の職人なのだな」
ずっと黙っていたファキイルが口を開いた。
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