第二十七話 剣を鍛える話(5)
フランツは燭台を手にして進んだ。
地下室に続く階段はすぐに見つかった。音はそこから響いてくるようだ。別に扉が設けられている訳でもなく、入りたいならご自由にとでも言うかのようだ。
フランツは降りていった。
すぐ目に飛び込んできたのは赤々と炎が踊る炉だ。
続いて金床と向き合うオディロンの姿が浮かんできた。
音を出していたのはその右手に持たれたハンマーだ。
――地下の、鍛冶屋だ。
真っ赤に燃えて、熟した卵黄のような色になった鋼を激しい勢いで打ち付けている。
「こんな時間にやっているのか」
フランツは呆れ気味に訊いた。
オディロンは返事をしなかった。
何度も、何度も、何度も。
ハンマーを打ち付けていく。
たまに
――一人でやっているのか。
昼間見かけた姿とは打って変わってオディロンはきびきびと動いている。
フランツも流石に続けて言葉を掛けられなかった。
やがてオディロンは、バケツに入れた水を鋼の上にぶちまけた。
「駄目だ! こんなんじゃ全然駄目だ!」
と、オディロンは叫びをあげる。
鋼の熱がだんだん引いていく。
よくよく見ればオディロンが叩いていたそれは鋭い剣のかたちとなっていた。
「俺から見れば綺麗な剣に見えるが」
「お前は何もわからない」
そう言われてフランツはムッとした。
「俺も刀を使う」
と腰に掛けた鞘を触る。
「だからどうした? この村の人間はみんな何かしら鍛冶屋の使った道具を使う。だが、俺のことを少しも理解しようとしない。使うだけの人間は単なる阿呆だ」
「それはお前の性格が良くないからだ。相手を受け入れるようにしたら、それこそ、誰からの依頼も拒まず受ければ、お前の評判は良くなるに違いない」
後からどの口がと思えてしまったが、怒りに突き動かされてつい言ってしまった。
「ふん」
オディロンは汗を拭い、また別の鋼を用意し始めた。
「やり直すのか。もう夜は遅いぞ」
「いつものことだ。満足できるまで続ける」
「協力させてくれないか?」
二人はいきなりビクッとして振りかえった。
ファキイルだ。
その銀の髪の輝きが急激に眼に反射する。
部屋の隅の、炉の光が届かぬ闇の中でずっと身を潜めていたのだろう。
フランツは今まで気付かなかった。オディロンの熱心な姿を見て、関心からすっかり逸れていたのだ。
――戦場ならそれは、命取りだ。
喉を掻き切られても、文句は言えないだろう。
「子供に用はない」
「我は子供ではない。名はファキイル」
フランツが止める間もなくファキイルは言った。
「はぁ? ファキイル? あの神話のか?」
「神話かどうかは知らないが、どうもそうらしい」
ファキイルは自分が神話になっていることは困惑しているように見えた。
「信じられるか。じゃあ何か証拠を見せてくれ」
「これでいいか?」
ファキイルは身体を素早く一回転させた。そして前屈みになった。
激しい音を上げて皮膚は毛で蔽われていく。
口からは牙が生え、少女の姿の時と同じ瞳が闇の中で輝いている。
オディロンは震えていた。
だが、その眼には怯えの色だけではないものが見えていた。
フランツにはすぐにわかった。
――美しい存在に対する畏怖の念だ。
「先刻、我は汝に三十年刀を鍛え続けた職人の話をしたな。汝と同じように鋼の剣を作っていたな」
「ああ。凄いやつなんだなその男は」
オディロンは言った。
「男ではない。女だった」
「馬鹿言え。女に鍛冶が出来るか!」
オディロンは珍しく嘲笑するような口調で怒鳴った。
「出来るか出来ぬかは知らない。だが思い出せぬほど遠い昔、その剣を作っていたのは女だった。そして、我と会った後にその剣を完成させた」
犬になったファキイルは表情を変えない。
「本当かねえ。なら、どうやって剣を完成させられた?」
「我の毛を鋼に混ぜたのだ」
フランツには薄く、ファキイルが笑んだように思った。
誇り高い笑みだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます