第二十六話 挾み撃ち(9)
カミーユはナイフを投げるばかりではなく、手に握っても華麗に動かした。
動きながらも、次々と身体の中から取り出して相手を何度も何度も刺し貫いていた。
しかし、血を流してもパニッツァは動じる色がない。
――あいつ、やっぱり痛覚まで腐れ落ちてやがる。
自分も同じだとズデンカは思った。
「あなたもなかなかやりますねえ! でも、どこまで息が続くか!」
パニッツァは大躯を早々と動かして、カミーユに追随しようとした。
だがカミーユは顔には怯えの色が浮かんでいるのに、身体だけは自動人形のように正確に動き、巧みに回り込まれるのを防いだ。
「あいつは一体何なんだ?」
ズデンカは眼を見張っていた。
「天才ってやつだよ。生まれつきの素質があって、その上で修練の賜物さ。なのに、ただ一つ自信が欠けているんだ」
ルナは静かに語った。そして、縄を解く動作に移り始めた。
「意外に固く結ばれてるね」
などと悠長なことを言いながら。
「あんなにナイフを身体に隠しながら、あそこまで軽やかに動けるのか」
ズデンカは人でここまで動きの速い存在にはなかなかお目に掛かったことがなかった。
「よほど鍛えているんだろうね。なるほど、バルシャイティスさんの秘蔵っ子なだけはある」
ルナはパイプから煙を吐き始めた。
縄から解放されたので、ズデンカはさっそくカミーユの元へ駈け付け、支援に回る。
後ろからパニッツァの肩を横撲りに払った。
しかし、踏み留まられた。
パニッツァは反り身になって片足だけで立ち、もう片方の足で蹴りをズデンカの頭に叩き込む。
だが、ズデンカは痛みを感じないので、すぐさま体勢を立て直した。
カミーユはその隙に距離を取ってナイフ投げつける。
「ほほう。ルナ・ペルッツは我輩の紫の雲を打ち消せるのですか。まあ、それも仕方ない。全ての『原型』なのですからね」
ナイフは傘で払い落とされたが、何本かは突き刺さった。鮮血を滴らせながら、パニッツァは語った。
「『原型』? 何だそれは?」
ズデンカは一瞬、不安を感じた。
――何となく、わかっていたことだが……。
「さあ?」
パニッツァは薄気味の悪い笑みを浮かべながら、後退した。
そして、傘を一振りした。
同時に激しい勢いで紫色の光があたりに満ち広がった。
――クソ、前と同じかよ。
「逃げるぞ、カミーユ!」
ズデンカは両目が塞がってしまうより早く、カミーユを横抱きにして遠くへ遠くへ離れた。
「ルナ、前のように
「合点だ」
ルナは相変わらずふざけた態度ではあったが、何の動作もせずに、自分の元に駆け込んできたズデンカとカミーユの前に紫の雲が迫ってくるのを防いだ。
「ふう」
ズデンカは息を吐いた。
まるで透明なガラスを前にしたように、光は自分たちの周りだけを避けるようにしてあたりに広がっている。
眩くはあったが、ルナの力の影響か、前のように両目が効かなくなることはなかった。
「流石に三対一では分が悪い。また、お会いすることに致しましょう。次こそはかならずルナ・ペルッツの捕獲に成功します。もちろん、ズデンカさん、あなたもね」
光に包まれながら、パニッツァの声が響いた。
「気色が悪い」
ズデンカは毒突いた。
光はやがて、少しずつ消えていった。
全てが見通せるようになった後、パニッツァの姿は欠片もなかった。
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