第二十六話 挾み撃ち(10)

「ふう」


 ズデンカは二度目のため息を吐いた。


「さあ、アデーレのところまで戻ろうよ」


 ルナがめんどくさそうに言った。


「ああ。カミーユは怪我ないか?」


「はい、大丈夫です!」


 額から流れ落ちる汗を拭きながらカミーユは答えた。


 ルナはバリアを解き、三人は積み重なる死骸の山の中を移動して、元いた天蓋付きの馬車へ戻ることにした。


 驚いたのはあれほどまでの死闘を繰り広げてなお、カミーユは屍体を見て怯えていたことだ。


 手足から血を流す負傷兵も担架で運ばれていっていた。


 目を瞑り、ルナとズデンカに両側を押さえて貰って進んでいた。


「血には慣れておいた方がいい。これから旅先で何度も見ることになるだろうから」


 あたりの風景が穏やかなものに変わってきたところでズデンカは言った。


「は、はい。なんとか、頑張ります!」


 カミーユは両目を見開き、ズデンカの顔を見た。


 どこかその奧には、燃えるような闘志が見えた。


――こいつを死なせないようにしてやらないとな。


 その姿を見て、ズデンカは堅く心に誓った。


 やがて見慣れた光景が近付いて来た。


 一番先に馬車の階段を登ろうとするルナを、


「お前は後にしろ。カミーユが先に登る」


 と押さえた。


「そんな! 悪いです!」


 と遠慮するカミーユ。


「ルナには多少苦労させる方がいいんだ」


「苦労ってなんだよー」


 ルナはプンプン怒って飛び跳ねていた。先に乗りたかったらしい。


 カミーユが階段を登り切ると、続いてルナを乗せてやった。


――また、狙撃手がいるかも知れない。


 『詐欺師の楽園』には射撃の名手がいる。先日デュレンマットでも狙われたことは記憶に新しい。


 どこから狙われるかわからないので、左右をしっかり見回しながらズデンカは馬車の扉を閉めた。


「よくぞ戻ってきた!」


 アデーレは葉巻を燻らしながら待っていた。とは言え、よく見るとその手は震えている。


――こいつなりに心配してたんだろうか。


「メイド、お前、何を勝手にルナを危ないところへ連れていったんだ」


 ズデンカを睨むアデーレだったが、そこに、


「アデーレ、ただいま!」


 とルナが抱き付いた。


「ルナァ! 無事だったかぁ?」


 顔を赤くしながら答えるアデーレ。


「うんうん! だいじょうぶう!」


 ルナはアデーレに頬をすりすりさせていた。


 毎度のことだが、ズデンカはそれを見ていい気分にはなれなかった。


「馬車の出発まで、まだしばらく掛かる。他の仕官と相談の上で、進行に問題がないと判断したら決める。予としても急かす訳にもいかないのでな」


「んな悠長な」


 ズデンカは呆れた。


「軍は何事も一人の判断では進まんのだよ。面倒な合議を繰り返す必要がある。それを無いことにして、スワスティカはああいうことになった」


 アデーレは静かに言った。


 スワスティカは後期には軍の指令系統がすっかり乱れ、ヴァルザーの陥落を知った兵士たちが各地で手前勝手な虐殺を行ったことはよく知られている。


 シエラフィータ族の収容所でも命令を無視した残虐な行為があったという話は枚挙に暇がない。


「だがちょっとした移動だろ。このまま、進まなかったら困るのはあたしらだ」


「まあ何とかする。それよりメイド、少し外で話がある」


 ルナのほっぺたすりすりが収まったので、アデーレは立ち上がり、馬車の外を指し示した。


――また出るのかよ。


 ズデンカはめんどくさかったが、ルナは徳に気にしていないようなので、動き始めた。


 アデーレは馬車を出るとしばらく歩いた。


「なあ、メイド」


 道からそれた木陰に二人は入った。


「どうした」


「ルナがホフマンスタールでリヒャルト・フォン・リヒテンシュタットの殺害に関わった、という話についてどう思う?」


 アデーレの眼鏡が暗く光った。

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