第二十六話 挾み撃ち(8)

「ず、ズデンカさん!」


 狼狽する声が聞こえた。


「ここだ」


 ズデンカは短く、しかし大きく答えた。そこに怯えの感情が入らないように注意していた。


 ここに至って、自分の感情を悟られてはいけないと思っていた。


「お嬢さん、ナイフ捌きはうまいようですが」


 何かを抜く音がした。


 身体に刺さったナイフを抜いたのだろうか。痛みすら感じさせないほど、筋力増強剤の効き目は強いのかもしれない。


 そこでズデンカは気付いた。


「逃げろ! 奴は投げ返すぞ」


 カミーユはナイフを避けられるだろうか。投げるのは得意としても、避けられるとは限らない。


 吸血鬼でない以上、カミーユは一撃で殺されてしまう可能性もある。


――あたしが不甲斐ないから、みんなを危険に追い込んでしまう。


 ズデンカは自分を責めた。


――丈夫なあたしがみんなの盾になるべきだったんだ。それ何になぜだあたしはルナに苛立ったりして。


 激しく何かがぶつかり合う音が聞こえた。目が塞がっているズデンカはそれを見ることが出来ない。


「やあ」


 耳元で声がした。


 とても、優しい声が。


 ズデンカはビックリした。


 ルナだ。


 寄り添うように立っているらしく、背中に温もりを感じた。


「なんで……お前が……」


「君が戻らないから気になって探しに来たんだよ。まさか捕まえられていたとは思わなかったけど」


「こんなところにいたら死ぬぞ!」


 ズデンカは叫んだ。


「大丈夫だよ。わたしは別に君に守られるだけの存在じゃない」


 ズデンカの紫の雲で煙った視界が何かに蔽われた。


 ルナの掌だ。

 

 ズデンカは確信した。


 なぜだか、気恥ずかしくなった。


「はい、これで大丈夫」


 掌が退けられた。


 目の前の煙はすぐに晴れていた。


 ルナはズデンカより身長が低いので、背伸びしなければ手は届かない。


 だが、今ズデンカは縄で縛られて地面にへたり込んでいた。


 だから、ちょうど良い距離になった。


 額と額がくっつくほど、息が掛かるほど、ルナの顔が近くに見える。


「離れろ」


 ズデンカはぼそぼそと言った。


「なになに? 聞こえない」


 ルナは笑った。


「……離れろよ」


「ズデンカは息を吐いた」


「君、怒っていたでしょ」


 ルナは図星を突いた。


「何でわかったんだ」


「わかるさ。ずっと旅してるから」


「……ああ、怒ってたよ」


 ズデンカは自分に対して正直になることにした。


「どうして?」


「お前があまりにも暢気で、危機意識がないからだ」


「それは失敬」


 ルナはおどけて脱帽して見せた。


「でも、これがわたしの性分だから。変えようがないよ。でも、君を苛立たせたとしたら、申し訳ないとは思う」


「ククッ! それ、謝ってるのか」


 ズデンカは思わず笑った。


「そうだよ。それが何かー?」


 ルナは少しだけ苛立つ様子を見せた。 


「お前の謝罪とは珍しいもんを貰った。今回はそれで許してやる」


「もう、なんだよー!」


「ところで……」


 ズデンカはこの時初めて遠くを見た。視界は戻ったのに今まで話で注意がそれていた自分がまた情けなく思えた。


「縄を解いてくれ、このままじゃカミーユが!」


 だが。


「大丈夫。良く見てごらん。カミーユさんもちゃんと戦える」


 大柄なパニッツァは幾度も打撃を繰り出そうとするが、カミーユはすれすれで避けていた。


「ひっ、ひええっ」


 顔には汗が流れ、怯えているような様子も見せるが、身体はたくみに躱していた。


「君ばかりが背負わなくてもいいんだ」


 ルナは優しく言った。

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