第二十六話 挾み撃ち(3)
大きく揺れて馬車の動きが止まるのも、それとほぼ同時だった。
「中にいろ!」
ズデンカは叫んで、外へ飛び出した。
勢いよく馬や騒然とする兵士たちを追い抜いて、先頭まで走り込んだ。
その速さ、わずかに二秒。
しかし、既に血の臭いがした。
多くの兵士たちが身体をずたずたに刻まれて腸を引きずり出されている。
既にたくさんの遺骸が、道上に積み重ねられていた。
ズデンカにとってはよく見る風景ではあるが。
兵士たちの腹を抉っていた黒い影がいきなり飛びかかってきた。
激しい打撃を受ける前にズデンカは腕で受け止める。
相手の身体はボールのように跳ねて着地した。
掌の指だけをちゃんと地面につけて。
紫色の長い髪が扇状にぱっと広がった。
「お久しぶり」
体勢を立て直した声の主はズデンカへ近付いて来た。
「お前か、バッソンピエール」
ズデンカは間合いをとる。
ルツィドール・バッソンピエール。旧スワスティカ残党カスパー・ハウザーによって新に編成された『詐欺師の楽園』の席次二。
ズデンカは一度は交戦したが、撥ね飛ばされた経験がある。
よほどの手練れか、特殊な能力をハウザーから与えられているのだろう。
「今回はこっちがやられちゃったね」
ルツィドールは微笑んだ。
「同じ手は二度と喰わんさ」
ズデンカも笑い返したが、心の裡は警戒の念で満ちていた。
後ろへ後ろへ、空いているところへ退きながら。
「逃げるばかりじゃあ負けるよ!」
一瞬にしてルツィドールの身体は消失し、ズデンカの目の前に現れていた。
――こいつ!
首根っこを掴まれ、道脇に生えている樹木に押し付けられた。
凄い力により、背後の幹の皮まで削り取られているのがわかった。
「いくら切り刻んでも、あんたは再生するからなあ。
「なぜ、それを知っている?」
ズデンカはほとんどの臓器を持たないため、痛みは感じないのだったが、自分の身体が簡単に押さえつけられ、それを引き剥がすことが出来ないのは、良い気分ではなかった。
相手は答えなかった。
「でも、これを使えばどうなるかなぁ?」
もう片方の手で腰に提げていた剣を抜き放つ。
その切っ先は、鋭く眩い輝きを放っていた。
「これは聖剣だ。今を去ること千年あまり前、救世主が流した血を受けた三本の内の一つ」
滔々とルツィドールは説明する。
ズデンカは嫌な感じがした。
聖剣はズデンカの腕を一筋斬った。
――
血は少しも流れない。ただ細い傷口の中には虚ろな身幹が見えるだけだった。
普通ならばただちに再生するはずだ。だが、いつまで経っても治らない。
「これであんたを細切れに砕ききってしまえば、流石に死ぬだろう。いや、死なないとしても戻るまで数年は掛かるだろうね」
ルツィドールは切っ先を突き付け、歪んだ笑みを浮かべた。
ズデンカはかつて覚えたことのない、いや、覚えはしたのだろうがずっと前で忘れきっていた感情を思い出した。
恐怖だ。
最初のうち、それはとても認めたくなかったが、迫り上がってくる感情を出来るだけ冷静に観測しようと努めた結果、認めざるを得ないのだった。
――あたしは恐がってる。
ズデンカはそれでも、ルツィードールを睨み続けた。
「まずは頭からにしようかねぇえ!」
ルツィドールは奇声を上げながら、聖剣をズデンカの額へ叩き付けた。
――ルナ。
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