第二十六話 挾み撃ち(4)

 反射的に、ズデンカは目を瞑った。


 少女のようで恥ずかしかったが、それは防衛本能とでも呼べるものだったのかもしれない。


――吸血鬼に本能があるのか。


 仲間を呼べば良かったと、後悔を感じ始めていた。


――舐めていた。あたしだけで何とかなると思っていた。


 しかし、ルツィドールの刃はズデンカを突き通さなかったのだ。


 喉元を押さえていた手が離されるのがわかった。


 続く激しい尾を引く叫びで眼を開ける。


 ルツィドールの手の甲にナイフが突き刺さっていた。しかも、既にズデンカからかなり距離を取った場所に移動していた。


「躱したはずなのにぃ! なぜぇ!」


 ルツィドールは大声を上げながらさらに後退する。


 その足にまたナイフが突き刺さった。


「イツッ!」


 ルツィードールはナイフを無理に引き抜いて放り投げ、樹幹に身を潜めた。


 その隙にズデンカは反対方向を見た。


 ルナと、その横にカミーユがいた。


 言いつけを無視して追ってきたのだろう。


「お前たち!」


 その声に心からの安堵が含まれていることに気付いて、ズデンカは恥ずかしくなった。


 急いで二人の元に駆け寄り、体勢を整える。


「何かあったの?」


 ルナは訊いてきた。だが、あまり心配していそうな様子はない。


「大したことはねえよ。それより今のナイフはカミーユか?」


「はっ、はい!」


 カミーユは頭を掻いた。


 そこにまたルツィドールが襲いかかってくる。


 即座にカミーユはナイフを投げた。どこから取りだしたのか、ズデンカも捉えきれないほどの早業で。


 ルツィドールはそれを避けた。


 しかし。


 ナイフは鋭く弧を描き、追尾した。


 ルツィドールが後方に下がってもナイフはしつこく迫っていく。


 とうとう喉元まで迫った時、聖剣を勢いよく振り、それを弾き落されるまでナイフは動きを止めなかった。


「なんなんだよこいつ! ナイフを操れるのか!」


 ルツィドールは叫んだ。


「助かった。お前がいなけりゃあたしは……」


 ズデンカは頭を下げた。傷口はまだ繋がっていない。細切れにされていたら、もうルナとは旅を出来なくなっていたに違いない。


「ず、ズデンカさま! やめてください。思わず勝手に身体が動いちゃってて!」


「いや。あたしが悪い。さっき、お前を馬鹿にしたのもすまなかった」


 そう謝りながら、ズデンカは片眼でルツィドールの動きを追った。


――油断したらルナが狙われる。


 聖剣を手に、こちらへ近付いて来ていた。


「ズデンカ! 貴様! 絶対に殺す!」


 顔を赤くし、額に青筋を立てていた。激怒しているようだ。


――もともと怒りっぽい性格なのだろうな。


 ズデンカは分析した。


 その前に再び立ち、身構えた。


「死ね死ね、死ねよおおおおお!」


 ルツィドールは激しい斬撃を繰り出してくる。ズデンカは必死で避けた。


 相手が感情的になっているのもあってか、躱すのは難しくなかった。


 ズデンカでやっと尾いていけるほど、ルツィドールの動きは速い。


 そんな的を狙って正確にナイフを投げた、カミーユの腕前に改めて舌を巻いた。


「おーい! 敵襲だ!」


 と、後方で声が上がった。


「後ろからも敵がやってきた」


 兵士たちだ。慌ただしく駆けずり回って情報を伝達し合っている。


「やれやれ」


 ルナは暢気そうに言った。パイプまで取り出しそうな勢いだ。


 何時になくズデンカはその声に腹が立った。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る