第二十六話 挾み撃ち(2)

「なんだよ」


 ズデンカは自分の声が刺々しくなっていることに気付いた。


「ほんとに……私なんかが……ご一緒させて貰ってよかったのでしょうか?」


 その声に怯えながらカミーユは答えた。


――なんなんだ、この自信のなさは。こんなんでよく旅に出したな……いや、サーカスでナイフを投げるのだって度胸がいるぞ?


 ズデンカは頭を抱えたかった。


「バルトルシャイティスさんとの約束ですからね」


 ルナが言った。宿屋にいたときは体調が万全ではないから吸ってはいけないと言われていたパイプがとうとう解禁されたので取り出して愛撫している。


「はあ……」


 カミーユは口ごもる。


「わたしと、行きたくなかったのですかね?」


 ルナが小首を傾げた。


「いっ、いえ、そんなじゃありません! 私、デュレンマットでも足手まとい担っちゃったし、ナイフ投げもそこまで得意じゃないのに」


「ご謙遜を」


 煙を吹き出しながらルナは語った。


「役立たずとわかってるなら、何でついてきた?」


 ズデンカは頭にきた。


――あたしにしちゃあ下手に出てやったんだがな。


「申し訳ありません! 申し訳ありません!」


 カミーユは何度も頻りに頭を下げた。


「まあまあ、君、いじめちゃいけない」


 ルナは掌を上げ下げしながら押し留めた。


 四人もいるのに「君」呼びなのは、ズデンカもそれなりに堪えた。


「そうだぞ! メイド、弱い者を苦しめるな」


 アデーレもルナの言うがままになっている。


「別にいじめてなんかねーよ!」


 ズデンカは腕を組んでふんぞり返った。


 顔を上げたカミーユの目元は真っ赤に染まっていた。


「カミーユさんも、自信を持ってください。旅は楽しいですよ!」


 ルナは励ました。


「……」


 カミーユはまだ元気なさそうだった。


「うーん。カミーユさんにご機嫌を直して貰うにはどうしたらいいんだろう? でも、わたしは綺譚おはなしを聞くことしか出来ないからなあ」


「じゃあ、それをしたらどうだ」


 ズデンカは言った。


「うん。それしかないよね」


「私にはなにもお話することなんか」


「ボレル家については語れるだろう。予もいささかなりとは知っている」


 アデーレが冷ややかな目で言った。


「さっきもお伝えしましたが分家の分家で」


「なら、その分家に関する綺譚おはなしをすればいい。どんな家にも語るべきことはあるはずです」


「わ、私は母が父と駆け落ちして生まれた子なんです。だから、五歳まで普通の子と同じように育ったんですが、お金の問題もあって……戦争の時期にあたりましたし。お祖母さまは金銭の援助をする代わりに血を引く、私を引き取り養育することになったんです。それからは両親と引き離されて育って、いろいろな技を仕込まれました……」


 一度話し出せば、案外流暢にカミーユは己の来歴を語った。


「なるほどね」


 そう言うルナは、お馴染みの手帳も鴉の羽ペンも持ち出していなかった。


「お気には……召さなかったのでしょうか?」


「あなたの綺譚おはなしは、これから追々と聞いていくことに致しましょう」


 ルナはウインクした。


 ズデンカは珍しく上の空になり、軍隊の列の後部で馬に引かれている幌馬車と馬車馬のことが気になっていた。


 宿屋の前で、アデーレに言われるがままに豪華な馬車へ乗せられてしまったので、あれからどうなっているのか確認していなかった。


――やっぱりあれはあたしの管理下にないと落ち着かない。


 ズデンカは不安だった。


「なっ、何だあれは?」


「敵襲! 敵襲!」


 突然、前方から人の騒ぐ声が聞こえてきた。


 四人は一斉に席を立って身構えた。

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