第十七話 幸せな偽善者(8)
「それでは」
と言ってルナは歩き出した。
「どこへいく?」
館長を離したズデンカは走ってルナに並んだ。
「帰る」
「絵は見ていかんのか?」
「もう全部見たよ」
「あんな駆け足でか」
「良いんだ。ここに全部入れたから。写真のように記憶するタイプでね」
ルナは頭を指差した。
「そんな小さな頭にな」
ズデンカはからかった。
「小さくないよ。人並みよりでかいんだ」
ルナは笑った。
ちょうどその時二人は館外へ出た。もうすっかり夜だ。強く風が吹き付けてくる。ルナはマントの襟を掻き合わせた。
「藁屑がつまってんだろ?」
「ひどいなあ。ちゃんと味噌があるよ。君とは違ってね」
――また例の話を蒸し返すのか。
ズデンカには脳味噌がない。ルナからはたまにそのことをからかわれるのだ。とは言え、二日離れていた間はそんな会話すら楽しめなかったのだが。
「しかし、今回のあれ、一体何だったんだ?」
ズデンカは首を傾げていた。館長の慌てふためきぶりが理解できなかったからだ。
「わからないか。人はね、必ず何にでも言い訳を作りたがるものなんだ」
「やはりわからんな」
「自分がこんな酷い人生を送った。原因はあいつにある、生まれ育った環境にあったんだって理由付けしたがるんだよ。館長ジョゼッペさんは結局自分の人生の不運をビアンカさんのせいにしていたって訳さ」
「なるほど、ちょっとわかったぜ」
ズデンカも過去を色々思い出していた。
「なによりだ。まあ、実際酷い環境で育った人はいるだろうさ。でも自分より不幸なやつなんていくらでもいる、それで成功してるやつもね」
「単に一人や二人が生き残ったってだけだろ。その後ろにあるのは死屍累々だ」
ズデンカはルナを見つめて言った。
「正解。わたしの教育が行き届いてきたようだね」
ルナは歩きながら拍手した。
「んな教育受けた覚えねえよ」
ズデンカは顔を背けた。
「生存者は弱者や死者に対して傲慢になりがちだ。でも、同時に人は言い訳をしやすい生き物でもあるってことさ。この際、生存者が物言えないものに対して切り捨てるのも言い訳ってことにしよう」
「なんかわかるような、わからんようなだな」
「わかる人はわかるし、わからない人は一生わからない。それで良いじゃないか。あっ、君は人ではなかったね」
ルナはクスクス笑い出した。
「それはそれとしてお前の『幻解』は頭の中の幻想を実際に移す能力じゃなかったか? 死者を蘇らせるなんてことできるわけないだろうがよ!」
ズデンカは疑問に思い続けていたことを叫んだ。
「またも正解。わたしは、死者を蘇らせたわけじゃないよ。あそこで見せたのは館長のここの中にあるものだろう」
ルナはまた自分の頭を叩いた。
「へえ、やつも嘘を吐いているって罪悪感はあったのだろうか?」
「仮定だけど、そうだろうね」
ルナはパイプを取り出してまた仕舞った。
吸いたかったが今喫煙すると、強風に煽られて大変なことになると思ったのだろう、とズデンカは考えた。
そう考えると笑えてきた。
「馬鹿なやつだ」
「そうだよ。馬鹿なやつだよ、あの館長は」
ルナは意味を取り違えていたが、ズデンカは訂正する必要も感じなかったので黙って置いた。
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