第十六話 不在の騎士(6)
「眺めは良いだろうがな」
「だいたい相手はもう死に損ないじゃないですか。世間さまに迷惑を掛けていないようです。それは、グルムバッハだってそうだった」
オドラデクの声を無視してフランツは先へ先へと歩き続けた。
「殺さなければ収まらない」
やがて、ぼそりと言った。
「何が収まらないんです?」
フランツは黙った。オドラデクはあえてフランツの横に並ばないようにしている。普段の馴れ馴れしい態度からすると考えられない。
「『死んでいった者たちの収まらない魂が俺の手を動かしている。キリッ』とか言っちゃうんでしょ?」
フランツが答えようとしたところにオドラデクが押っ被せた。
図星ではないにしても割合正鵠を射た答えだった。
死んだ者たちからの「継承」。
物語は語り継いでいかなければいつか途切れるし、歴史は記す者がいなければ残らない。
同じように無念に思って死んでいった者の思いは、引き継ぐ者によって晴らさなければならない。
フランツはそう考えた。少し論理が捩れているように思いはしたが、正当化した。
「止めましょうよ、そう言うのは」
「なぜだ」
「殺す相手も人間です。家族があるかも知れません」
「殺された人々にも家族がいた」
フランツは目を閉じた。父の顔が浮かんでくる。父の周りにいた人たちの顔が浮かんでくる。
「繰り返しになりますってば。怨みの連鎖なんて、止めた方がいい」
「お前らしくないな」
「まあ、フランツさんを思いやって言ってあげてるんですよ」
「お前などの思いやりはいらない」
オドラデクはため息を吐いた。
「はぁ。拒絶、拒絶。いつでもあなたはそればっかりだ。ともかく、スワスティカの残党を見付けたとして捕らえて当局に渡すだけでいいじゃないですか。でもぼくが手伝った数少ない件だけでも、あなたはそれをしていない」
「殺すか殺さないかは各個の権限に委ねられているんでな。この話は何度もした。もう黙るぞ」
それっきりオドラデクに何を話しかけられてもウンともすんとも言わず、山登りを続けた。
暗くなり、やがて星が見えてきた。フランツは立ち止まり、袋の中からランタンを取り出して光を点した。
「はわぁー」
オドラデクは素直に喜んでいた。
棚引くばかりの星々の燦めきは、目を覆わんばかりだった。
――ランタンの灯りなど点けなくてもいいぐらいだ。
「星座の本、出してくださいよ」
オドラデクに言われるがままフランツは袋から本を探して渡した。
「どれどれ、うわぁ、一杯ありすぎて分からない! 望遠鏡持ってくるんでしたよぉ」
オドラデクはランタンの明かりを頼りにページをせっせと繰っている。
――本当に人間臭い。
「あ、あれが剣士座かぁ」
星と星を指で結び合わせて線を作っている。
「人間の考えはぼくにはわからないですね。どうしてこの星と星を線で結べば星座になるのか。何と言うか、抽象的過ぎます」
「お前自身も抽象的なかたちだろうがよ」
流石に突っ込みたくなった。
「いえ、ぼくはちゃんと具体化してますよ。星座ってのはほんとに分からないなぁ」
和やかな顔になったフランツだが、すぐに身構えた。
音が、したのだ。
スワスティカ
鈍い、何かを引きずるような音だった。
――鎧だ。
――これはきっと鎧だ。
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