第十六話 不在の騎士(7)

「騎士」がやってきたのだ。


 オドラデクはふっとランタンの灯りを消した。


 星の光で十分だった。赤く錆びた鎧が軋る音を立てながら、こちらに進んできた。動作はとてもゆっくりしていた。


 古風で中世の頃を思わせるものだった。胸の所には家紋が刻まれていた。馬がないので正確には『騎士』と言えるどうか定かではなかったが、綴織タペストリーの中から抜け出してきたような姿だった。


 フランツは腰に差した鞘から刀身を引き抜いた。


 オドラデクの身体がパサリと解れ、細々とした糸に戻りながら刀の柄へと集まっていき、剣となった。


 着ていた服はおそらくは赤茶けた、今は闇に隠れた地面に落ちた。


 フランツは騎士と向かい合った。


 細く開いた兜の目通しの向こうに瞳は見えない。


 ここに在らずの騎士だ。


「お前がテュリュルパンか?」


 返事はなかった。


 鎧は腰に差していた剣を抜き、フランツに向ける。


「戦おうって訳か。面白い」


 フランツは素早く跳躍し、刀身に体重を掛けて騎士の鎧へ振り下ろした。


 手応えはあった。実際、オドラデクは鎧の形の部分から斬りさがって、胸の少し下まで入っていたのだ。


 しかし、その中味は空洞なのだ。騎士は鈍い動きで剣をフランツへ降ろそうとした。


 すぐに刀身は解けフランツは退いた。


 しかし、それと鎧が崩れ落ちるのが同時だった。


 透明な人間は鎧を脱いだのだ。


 姿は見えない。



 突然、フランツは喉を強く締め付けられるのを感じた。そのまま、自分の身体が宙に二三寸浮き上がっている様子を目の当たりにした。


 オドラデクの刀を取り落とす。


 しかし、フランツにそんな余裕はない。物凄い力で喉首がねじりあげられている。


――こんな風に殺したのか。


 眼前が黒く染まっていきそうにも思えたとき、ひゅうっと鋭い音がした。


 弓だ。


 喉首を締め上げていた強い力が突然消えた。フランツは地面に倒れた。


 何度も咳込み、嘔吐く。


 ややあって、霞む目で見上げた。


 確かに矢は透明な人間を射貫いたのだ。赤い血が噴き出して溢れ、透明なはずの身体を染めた。 


 すなわち、血の染みが空中に浮かんでいたのだ。刺さった鏃に星輝が照り返された。


「これでいい目印になる」


 矢を番えながら歩んで来たのはホセだった。


 二撃が透明な人間に放たれ、また刺さった。うめきのような声が、確実に漏れた。


「嘘を言いました」


 ホセは静かに言った。


「騎士の噂は聞かなかったものの、私はこいつを知っていたんです」


「なぜだ!」


 激しく息をしながら、フランツはホセへ叫んだ。


「あまりにも近しい存在を殺されたため、黙っていたのです」


「家族ですね」


 オドラデクが言った。ホセを気遣ったのかご丁寧にも女の姿になっていた。裸だった。


「そうです」


 ホセは言った。


「こいつは試しに村の人間を襲っていました。数ヶ月に一度ぐらいは。その中に私の妹もいたのです」


 刺さった二つの鏃を振り落としながら、血の染みが浮き上がりながら近づいてくる。


「オドラデク!」


 フランツは怒鳴った。


「はぁいはい」


 気怠そうに言って自らの身体を解体するオドラデク。


――ホセの前では出来るだけ見せたくなかったが。


 再び刀身となったオドラデクを手に持ち、フランツは血の染みを貫いた。


「ぐえっ」


 確実に手応えを感じた。


「なぜ殺した」


 耳元、いや、相手は透明なので耳元など分からないのだが、それらしき場所に向かってフランツは囁いた。


「こんな姿で他の楽しみは何もない。ただ殺すばかりが生きがいなのさ」


 意外にハッキリとした声で相手は答えた。首をまた掴まれないようフランツは刀の柄を握りながら距離を保った。

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