第十六話 不在の騎士(5)

 車はなかなか着くことを知らなかった。


 窓から一面に赤茶けた土が広がりとごつごつした岩肌が見えていた。


 冬なのに暑い。ブニュエルはロルカでも緯度が南に位置するからだろう。太陽は照り付けんばかりに感じられる。


 オドラデクも涼しそうな顔こそしていたが、だらだらと汗を流している。それが胸に落ちようとする寸前でフランツはそらした。


――糸巻き野郎の癖に随分人間らしい。


 道は上り坂へ差し掛かり、車にかかる震動も強烈になっていた。


 腹も減ってくる。一応買って置いた長細いパンを囓った。皮が硬く、口の中に血が流れるのがわかる。


 結局お腹一杯にはならない。肉なり野菜なりが恋しくなる。


「いつ着くんだ?」


 フランツはホセに聞いた。


「さほどはかかりません」


――もう少し話してくれても良いのに。


 オドラデクの話を聞いているよりも現地人の話を聞くほうが、幾分か勉強になることだろうと思った。


 しかしホセが言うなら、目的地はすぐそこだろう。


「この地方でも夜になったら星座が見られるんですかぁ?」


 オドラデクがいきなりホセに聞いた。


――さっきまで興味なさそうにしてたのに、いきなりこれだ。


「ええ見れますよ」


 ホセは答えた。


「とくにオススメはあります?」


「『剣士座』ですかね」


「神話の中で、魔物の首を切り離して剣を掲げた英雄の星座だろう」


 フランツが説明口調で言った。本で読んだ知識を披露したかったからだ。


「えー、剣士ですかぁ。騎士なら面白かったのに。この地方には騎士が出るんでしょ?」


 オドラデクはつまらなそうに言った。


「私には分かりません」


 ホセは手短に答えた。


「騎士なんていないのかもしれないしな。それならそれでいい。こんな素晴らしい光景を旅するなんて人生で何度出来るか」


 フランツは開き直って窓の外を眺め続けた。


「あなたにしちゃあ、随分前向きなんですね」


 オドラデクは冷やかした。


「そうでもしないとな、暑い」


「暑いですね」


 オドラデクも同意した。


「妙なところで気が合うな」


「いつかの待合室でもそうでしたね」


「あの時は寒さだったがな」


 話が弾むあたり、妙なものだった。


「着きました」


 ホセはそう突然言って車を止めた。


 何も言わず三人は外に出た。


 目の前に高く聳え立つのが聖なる山なのだろう。草木は一本も生えていない。


「私はここでお待ちしておりますね」


 ホセは静かに言った。


「どひー。ここから、登らなきゃいけないんですね」


 オドラデクは肩を落とした。


 フランツはそれを叩いてやって、先に歩きだした。


「ぼくに優しくしても何も出ませんよ」


 そうは言いながらオドラデクは素直に着いてきた。


「鞘の中に入ってもいいでしょ」


「だめだ」


 そう言ったフランツの声は笑っていた。


「楽をさせてくださっ!」


 そういってオドラデクはこけそうになっていた。


 少し登ってホセから見えなくなったあたりで、オドラデクは即時に男の姿に変わった。


「やっぱり力が全然違う。あのなりで登ろうとしたら日が暮れちゃいますよ!」


 先に進むフランツからかなりの距離が開いていたのを瞬時に挽回した。


「どこに行くか決めてるのか」


 フランツは重要なことを思い出した。


「間が抜けてるなあ。ついていくぼくもぼくですけどね」


 とりあえず聖なる山の頂上を目指すというぼんやりした目標はあった。だが、それでも日が暮れてしまいそうだ。


 頂上へ続く道を二人はたどっている。一直線で行けるようだが、それでもかなりかかりそうなのだった。


「星座は見えるんだから、いいじゃないですか」


 オドラデクは言った。

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