第十六話 不在の騎士(4)

「ふうん。現地の人が知らないとはね」


 噂では有名だが、現地の人が知らないとなると、どうも実在が疑わしくなる。


 この調子だと手ぶらで帰ってくることになりそうだと思い、フランツはため息を吐いた。


 しかし、車に乗るというのはなんと刺激的な体験なのだろうか。汽車で揺られるのとはまた一味違う、震動が直接に伝わってきて癖になりそうだ。


「変な快感に目覚めてたりしてません?」


 うっとりとした顔になったところを気付かれたのか後ろからオドラデクがはやし立てた。


「うるさい」


 ホセは何も言わず運転を続けている。


――いい運転手だ。


 オドラデクのようにめんどくさく話し掛けてくるようなやつなら厄介だ。


――これは床屋に関しても言えるな。


 静かに髪を切って貰いたいフランツだった。


 意外と時間が長く感じられる。フランツは本を読み始めた。


「今度はなんですかぁ?」


 オドラデクは興味津々だ。ずっと話し続けないと死んでしまう病なのかも知れない。


――なら鞘の中にずっと閉じ込めておいてやるか。


 フランツは嗜虐的に思った。


「星座の本だ。お前には興味ないだろ」


「子供っぽーい! そういうのは小さいうちに卒業しません?」


「星座を馬鹿にするな。ちゃんとそれを研究して学者になった人が幾らでもいるんだ。この本だってもう五十年近く研究を続けてる人が書いた」


 フランツは厳かに言った。


「だからどうしたって感じですよ。積み重ねた知識なんかに敬意払っても仕方ないありません。その方といて楽しいかどうか、ってことでぼくは相手を判断していますね」


「そっちの方がくだらんだろ。人間は千年も百年も様々な知識を蓄積し、死んだ人間すらも友として真理の探究を可能にする生き物だ。叡知を失えば、滅びるばかりだぞ」


 妙に話が議論めいてきたが、長い車旅を凌ぐにはそれもまた一興かと思えた。正直な話、フランツも持ってきた本がそれほど面白くは感じられなかったからだ。


「いえいえ、そういうオタクな人たちが存在してるってこと自体は否定してないんですってば。オタクであることが立派な人物であることとイコールじゃないって、ぼくは言いたいんですよ」


 オドラデクも応じるように絡んでくる。


「そりゃ知識のある人間は人格者とはかぎらなん」


「人格者ってさあ。ほんとフランツさんはお硬いですねえ。単純にクズ野郎とは付き合いたくないですってことですよ、ぼくは」


「お前自身がクズ野郎じゃないか」


 ホセはハンドルを回し続ける。


「悪かったですね。よくもわるくもぼくはずっとあなたのお守りなんです。そりゃクズにも振る舞うでしょうよ。あなたから放れられたら即出世街道をひた走るに決まってるんです」


 オドラデクも流石に気分を害したようだった。


「いや、これは仕事だからだ。それにお前のお守りは俺だ。いままでどれだけお前の尻ぬぐいさせられたと思っている」


「でも、ぼくがいなきゃ戦えないでしょ?」


「いや、それは」


 フランツは口ごもった。


「やった! 勝った!」


 車を揺する勢いでオドラデクは飛び上がった。


「お前なぁ」


 とフランツは顔を顰めるが、それでもホセは頓着せず車を運転し続ける。


「言い負かしてやったんですよぉだ」


 オドラデクは子供っぽく舌を見せた。

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