第十二話 肉腫(9)

 フランツとオドラデクは外を盗み見た。


「なんだ、何が起こったんだぁ!」


 何分かして、眠りを邪魔された他の客たちが扉を開けて外へ飛び出してきた。


 即座に部屋から母親が現れて、その前に立ちはだかった。


「おほほ、ごめんくださいましぃ。ちょっと悪い夢を見ましてねぇ」


 口に手を当てて薄気味悪く笑いながら母親は言った。


「頭がおかしいのか? こっちはぐっすり眠ってるところだったんだぞ」


「ほんと申し訳ありませんねえ。こんな辛い暮らしばかり送っていると、夜にどっと疲れが出ちゃいましてねぇ」


 母親はなだめるかのように両手を動かした。


「いい加減にしろよ!」


 と怒鳴られながらも他の客たちを追い返して母親は扉を閉めた。


 だが、フランツとオドラデクはそのまま部屋に近づいた。


 あの母親はいつも鍵を締めていなかったようだ。最初にサロメを見付けた時ですらそうだった。


――結局娘のことなんかどうでも良かったんだな。


 うっすらと感じながらフランツはノブを回した。


 ベッドに横たわって母親はぐーぐーいびきを掻いて眠っていた。


 それには目もくれず、オドラデクは部屋のあちこちを探し回った。


 クローゼットを開けると、中には縊られて素っ裸になった母親の死骸が無造作に立て掛けられていた。首には大きく赤い手形の痕が付いていた。


「クローゼットからクローゼットへ。悪趣味にもほどがありますけどね」


「つまり……なりかわった訳か」


 フランツは静かに言った。


「そう言うことですよ。何の躊躇いもなくあっさりと」


「どうする?」


「戻りましょう。もうこんなとこにいても時間の無駄ですよ」


 オドラデクはさっさと先に立って歩き出していた。


 とりたてて反論が思い付かなかったのでフランツは癪ではあるが従うことにした。


 部屋に戻ってすぐにサロメの遺骸を集めてやることにした。手袋をはめて小間切れになった内臓まで綺麗に箱に拾い集めながら、


「どうするんだこれは。血は拭くとしても、肉はじきに臭ってくるぞ? 俺が殺したと疑われたら色々面倒なことになる」


 と聞いた。


「燃やせばいいんですよ。外はこんなに寒い。明るくなってきたら焚き火に紛れてなんとかなるでしょう。誰も見ていない」


 オドラデクは笑った。


「そんな雑なやり方で大丈夫か?」


「ええ、どうせぼくらはここを離れてもう二度と戻らないんですから」


「帰りはどうする」


「海路で行けばいいでしょう」


「船は……苦手だ」


「それはあなたの勝手ですね」


 フランツは黙った。こんな奴を相手にしていても仕方ないと思ったからだ。


「サロメさんはずっと……肉腫の中で母親を飼っていた。そして、歳月とともに母親を発達させていった」


 オドラデクは掃除を続けながらサロメの頭を撫でていた。


「いやな言い方だな」


「そして、サロメさんにとって母親は毒だった。身体の中で育てた毒はやがて、母親になった。そして、元々の母親を殺めて、その代わりになった」


「訳がわからない」


 フランツは頭を振った。


「わからなくてもいのですよ、あなたにはね」


 オドラデクは地面にのたくる腸を無造作に掴み取っていた。

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