第三話 姫君を喰う話(3)
わたくしは皆から美しい美しいと言われて育ちました。それが正しいか間違っているかはわかりません。
けれど、わたくしを美しいと思って接してくる者が多いことはわたくしにとって間違いなく一つの災いでした。
幼い時、周りの廷臣たちはわたくしの美しさを持てはやしながら、その身体に触れていくのです。わたくしはそれが普通のことであるのだと思っていました。
でも、衿口から手を差し入れられて背中やお尻を撫でられたときは思わず気持ち悪くなって叫んでいました。しかし、相手は笑って離れるばかりです。
わたくしは大人しい娘と思われていました。実際、お父様お母様に言いつけることは出来ませんでした。王位継承順位は低く、決して目立つ存在ではなかったのもあるかも知れません。お兄様お姉様たちからも優しくされた試しがありませんでした。
特に三つ上の姉ロザリンドはことのほかわたくしを憎み、意地悪ばかりしてきました。
「指輪はどこにいったの?」
お父様に頂いた大事な指輪がいつの間にか机の上から消えていたのです。物をなくしたことなどこれまでなかったので、わたくしは大慌てで宮中を探し回りました。
やがて、その指輪をロザリンドが手にしていることに気付いて、
「返して」
と掴み掛かりました。普段のわたくしなら考えられないことなのですが、その時は怒りのあまり力が出たのです。
ロザリンドはわたくしに髪を毟られ、泣き声を上げました。
色んな廷臣が集まってきたけど、非難されたのはわたくしでした。
「あなたは人並み外れた美しさを頂いているのですから、お姉さんを勘弁してあげなきゃいけません」
わたくしが諭される一方で、ロザリンドは舌を出してこちらを馬鹿にしてくるのでした。
泣きそうになったわたしが中庭にある大理石の噴水のほとりに坐っていると、
「どうされました、お姫さま?」
痩せて髑髏のような顔付きの男――キンスキーが近づいてきました。たくさんいる侍従のうちで、その時まであまり知らない存在だったのです。
わたくしは怖かったので逃げようとしましたが、
「悪いのはロザリンドさまで、あなたさまは悪くないのに」
そう一言呟いたキンスキー。わたくしはいきなり心の中が暖かくなるように思われ、とうとう泣きじゃくってしまいました。
「かわいそうに、かわいそうに」
そう言いながらキンスキーは頭を撫でてくれました。
「この宮中で一番かわいそうなのはあなただ。いつも優れた存在でいなければならないと言われ続けるのだから」
幼いあまり言葉に出来なかったことを言い当てられたような気がしていました。
キンスキーだけはわたくしに優しくしてくれました。分かってくれるのは、彼だけのような気がしていたのです。わたくしは彼に懐いていました。大人が食べてはいけないという酒が入っているお菓子をこっそりとくれるのです。
「これは二人だけの秘密だからね」
少しだけ大人の世界に足を踏み入れたようで、うれしくなったものです。
わたくしが七つの時、スワスティカは崩壊し、同時に王国も潰えました。
戦後、党員となった王族が犯していた大罪が明るみに出ていく中で、わたくしたちは裁かれ、憎まれる存在になりました。
戦前から私財を蓄え、オルランドでの事業に手を出していたキンスキーはスワスティカと距離を取っていたため、糺弾されることもなく、離散したわたくしたち王族の一部を引き取り、シュミットボンに作られた王族収容施設の管理人になりました。わたくしとロザリンド他の歳の幼い姉妹はみな、厳重にお父様お母様から離され、キンスキーの管理下になったのです。
キンスキーと暮らせることになってわたくしはとても喜びました。
宮中での暮らしはわたくしにとっては嫌なことばかりだったからです。
しかし、ああ、これが地獄の日々の始まりだったとは。
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