第三話 姫君を喰う話(2)

 刑吏に引かれて、白いドレスを着た王女が連れてこられたのだ。


 しかし、王女はすこぶる異様な格好だった。後ろ手に枷がされているのは当たり前としても、その顔には仮面が被せられていたのだから。しかも、その口の部分だけがご丁寧に開かれ、小さな鉄格子のような柵が作られていた。


 「人を食わないように、だろうな」


 ズデンカが察した。


 「一国の王女がここまで警戒されるのは珍しいな」


 ルナは顎に手をやった。


 王女を引き立ててきた刑吏の頭と見える男が嘆いていた。


「共和国から命を救われたはずの旧王族が、このような口にすらできぬ大罪を犯すとは!」


「殺せ」

「叩きつぶせ」

「この人喰いが!」


 民衆は叫び声を上げた。中には石を投げる者もいて、王女の仮面へ命中した。


 だが王女は虚脱状態なのか、一向に身動ぎせずに立ち尽くしている。


「凄い憎まれっぷりだな」

「王族には熱心なスワスティカの党員もいたからね。シエラフィータの民をこの世から浄化すべきだ、と唱えながら」


「ルナ……」  


ズデンカは焦った。ルナの過去はほとんど聞いたことがなかったが、スワスティカの民族根絶政策で辛い思いをしたであろうことは想像がついたからだ。


一方、ルナは微笑みを浮かべてズデンカを見つめるばかりだった。


 「これより王女エルゼの処刑を執り行う!」


 刑吏頭の指図で、恐る恐る仮面が外される。流れるようなブロンドの見目麗しいエルゼの顔が露わとなった。外した二人の刑吏は、ずだ袋を被り、身体をしっかりと鎧で覆っていた。


 さっきまで殺せと怒鳴っていた群衆もそれを見て急に静かになった。


「みなさん、わたくしは確かにキンスキーを殺めました。けれど、キンスキーという男は殺められて当然の男だったのです。その理由を話させてくさだい」


 エルゼを両手を広げた。


「魔女め、お前の話など誰が聞くか!」

「そうだそうだ!」


 怒りを取り戻した群衆たちは次々に叫んだ。


 だが、キンスキーその人を知るものは少ないらしく、本人に関する擁護は見られなかった。キンスキーはオルランド公国でこそ、たまに名前を目にした人物だが、故郷のヒルデガルトではそれほどでもないようだ。


「王女の話、ぜひ聞いてみたいね」


 ルナは目を輝かせて言った。早速愛用の古びた手帳と鴉の羽ペンを取り出した。


「慣例として罪人には最期の言葉が許される決まりとなっている。主権者が人民たる共和国ではいかなる者にもそれは許されて然るべきだ。それゆえ、王女エルゼにも権利は与えられる」


 大仰な文句を並べ立て、刑吏頭は告げた。


「ふわぁ~、早くしてくれ、待ってるんだよ」


 ルナは大きなあくびをした。

 化粧もしないのに朱のように赤くみえるエルゼの唇は、自分の物語を話し始めた。

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