第三話 姫君を喰う話(1)
ヒルデガルト共和国東端シュミットボン――
「やっぱり、いつの時代でも人は血を見て愉しみたいものなんだね」
面白いお話を探して、全国各地を旅している丸顔でモノクルを掛けた女だ。
「お前自らこんなところに出向いてよく言うぜ」
メイド兼従者兼馭者のズデンカは嘲笑った。背が高く肌が浅黒く、いつもルナの傍に付き随っているものの、口は悪い。
つまり、二人は処刑場にいるのだ。もちろん、いるのは二人ばかりではない。雲霞のような大勢の群衆に紛れるかたちだった。
今日、一人の王族が処刑されようとしている。
斧で落とされるのは十七歳のヒルデガルト旧王国第十王女エルゼの首だった。ここシュミットボンは共和国の端にあり、オルランド公国と接近した辺境の地にある都市だ。旧王族が移住という名前の流刑先に選ばれている場所だった。
「ヒルデガルトで旧王族の処刑はたくさん行われているけど、今回のはあまりにも特異な理由からだね」
ズデンカの耳元へ身を寄せてルナは言った。
「どんなだ?」
「王女は元近衛侍従で旧王族収容施設の管理人だったキンスキーを喰い殺した」
ルナが囁く。
「喰い殺した!」
驚いたズデンカは思わず声を上げてしまった。
「新聞記事によれば」
とルナは紙面を取り出して広げ、
「朝食の席でいきなり喉笛に齧り付いたそうだ。爪で皮膚を引き剥がし、眼球をえぐり砕いて飲み込む。鼻をそぎ取った。頬を裂き、生のまましゃぶった。腹部を裂き臓物を貪り、陰部まで喰ったとか。手足を切除し始めているところで取り押さえられたようだが、両手を真っ赤にして笑っていたということだ」
嬉々として読み上げる。周りの人がびっくりして身を引いた。
「異常だな」
とは言いつつも、ズデンカは逆にルナへ近づいた。
「血を啜る君がそれを言うかい」
「あたしが血を欲しがるのは、そうする必要性があるからだ。しなくていい人間がするのは異常だろう」
「人間の肉を喰うのが好きな人間というものはいるのさ」
ルナが答える。
ズデンカは黙った。考えを整理しているようで、
「同族の肉なんか喰って、何が楽しいんだ」
と首をひねった。
「憎しみの結果だったり、はたまた愛の証明だったりするんだろう。知らんけど。古い部族は儀式として喰ったりすると聞く。姫が何を思ってしたのかわたしは分からない。というか、そこを聞き出せないかと思ってヒルデガルトまで来た」
「これだけの人だ。無理に決まってんだろ」
と、ズデンカは否定したが、何か思い付いて、
「例の『鐘楼の悪魔』が関わってるかもしれんぞ」
と言った。
「可能性は捨てきれないね」
ルナは相変わらず曖昧に濁した。
そうこうしているうちに群衆がざわめき始めた。
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