DTアゲイン

@eye515

俺らの奇妙で貴重な3日間

 俺は今や誰もが知る存在である。相方もまた然り。

彼とは地元の同級生でコンビを組んだ。もう人生の半分以上を共にしている。

そんな相方が病院に運ばれたと連絡を受けたのが4月4日のことだった。


「お仕事中すみません。浜田さんがケガをして今病院に運ばれました。詳しい状況は分かっていないのですが、命に別状はないようです。」

「収録中の事故か?」

「すみません。まだ何も分かってなくて…」

「わかった。何かあればすぐに連絡くれ」

命に別状はないとは言っていたが病院に運ばれたとなれば、どこか骨折でもしたのかもしれないな。その時はただそう思っていた。

その日から俺らの奇妙で貴重な3日間が始まったのである。


「お疲れ様です。今お時間大丈夫でしょうか?」

なんとも神妙な声に一瞬ドキリとした。

「どうした?」

「どうやら自宅の洗面所で足を滑らせてしまい、床に頭をぶつけたようです。

床が大理石だったため思いのほか強く当たり、一時は意識不明の状態だったようです。でも今は意識もあり脳に異常もありません」

「なら良かった。まぁゆっくり休むように伝えて」

「それが、すこし問題がありまして、今から病院に来ていただけないでしょうか?」 「え?俺が?なんで?もう大丈夫なんやろ?」

「はい…。それが浜田さんが強く希望していまして。」

「俺に来てほしいって?」

「はい。酷く興奮しているようで、誰が何を言ってもダメでして。」

「いや、俺が行ってもどうにもならんやろ。家族呼んだら?」

「自宅での事故だったので奥様と一緒に救急車で来られているのですが、意識を取り戻すなり奥様に対しても近寄るな!と物を投げたり、出ていけ!と叫んでおられて。とりあえず、まっつんを呼んでくれの一点張りでして。」

「まっつん?」

俺は違和感を覚えた。まっつんとは俺らがコンビを組む前の子供時代のあだ名だ。

なぜまっつん?そもそもなぜ俺を呼ぶ?

「一時的な記憶障害のようです。ご自分のことを中学生だと思っているみたいで、今日はまっつんと遊ぶ約束をしているのだと。」

「わかった。とりあえず、すぐに行く」

一時的な記憶障害?俺とか遊ぶ約束をしている?ドラマでもあるまいし、そんなことが実際に起こるはずがない。これはドッキリに決まっている。そんな確信を得ながらも俺は病院へと向かった。


病室につくと浜田の怒声が聞こえてきた。

「さっきから頭のおかしなこと言うな!出ていけ!」

病室のドアの前で様子をうかがっているとスタッフの一人が気付き、慌てて俺を中へと促した。

「松本さんがいらっしゃいました」

それを聞いた浜田がより一層大きな声で叫んだ。

「よりによって誰やねん!この金髪のおっさんは。どこの松本や!」

「俺や。はまちょん」

「嘘言うな。こんなムキムキのわけないやろ !頼むから家に帰してくれ」


浜田は今にも泣きそうだった。

その姿はドッキリを仕掛けているようには見えなかった。

本当に記憶喪失のようだ。

医者が言うには今はあまり刺激せず、徐々に記憶を取り戻させる方が良いらしい。

しかし肉体的には異状がないのでこのまま病院に居るわけにもいかず、帰宅することとなった。

そこで問題だ。浜田が頑なに自宅に帰ることを拒否しているのだ。

理由は「知らないおばさんの家には帰れない」この一点張りである。

地位と名誉を手に入れたオッサンの体をした中学生は、そこらの中学生よりも質が悪い。周りの大人達が困惑している中、浜田が口を開いた。


「そこの松本と名乗るおっさんの家なら行く」

「 俺?なんでや?」

「なんとなく、おっさんなら信用できそうだから」


ということで、浜田が我が家にやってきた。

「うーわー!おっさん金持ちやなぁ。何やこの家」

浜田は家に着くなり、家中のドアというドアを開けて回った。


しかし浜田の中では俺はまだ知らないおっさんのはずである。

ほんの数分前まで目に涙を浮かべ、誰一人信用できない孤独な世界に迷い込んできた少年だったのだ。

だが今では、文字通り人の家に土足で上がり、ヅカヅカと何の断りもなく入り込んでくる。やっぱり記憶喪失は嘘だったのか?そういえば病院を出た瞬間から彼ははしゃぎ騒いでいた。

車に乗れば「何や、この車。フッカフカやん!おっさん社⾧か?」と騒ぎ、

街を見れば「うーわー!近未来やぁ」とノリノリになった。

見えるもの全てに質問し、答えを聞く前にまた新しいものに興味を示す。

実に楽しそうである。こんなに楽しんでいる人間が本当に記憶喪失なのだろうか?

もし自分が記憶喪失になったらこんなに楽しそうに過ごすことが出来るだろうか?

不安で何を見てもはしゃげないのではないか?

そんな疑問を抱きつつも時間は過ぎていった。


「おっさんはここに一人で住んでんの?」

部屋中を見て回りようやくソファに落ち着いた浜田が聞いてきた。

「いや、嫁と子供と住んでる」

「結婚してんのか。家族の写真見せてくれや」

「何でやねん。」

「ええやん、ええやん。もったいぶらんでええやん」

そういうとまた部屋を物色し始めた。

「わかったから!座ってろ。」


これ以上浜田のペースに巻き込まれるのはごめんだ。俺は書斎に入り写真を探した。家族の写真はすぐに見つかった。そして子供時代のアルバムも見つけた。幼少期から高校までの写真がずらりと並んでいる。そこには浜田の姿も映っていた。

俺は家族の写真とアルバムを手にリビングへと行った。

浜田はソファに座り勝手に冷凍庫から出したのであろう娘のアイスを食べていた。


「ほれ」

「おおーこれが奥さんと子供か。そういえばこの家誰もおらんやん。家出か?」

「お前が来ることになったから今日はホテルに泊まらせてるんや」

「なんでやねん。俺と二人きりがええのか?」

浜田は大きく一笑いすると子供時代のアルバ ムをめくり始めた。

「まっつんやん。え?この写真なに?修学旅行は来月やろ?」

浜田は中学の修学旅行の写真を指差して驚いている。

「もしかして、おまえエスパーか?」

真面目な顔で浜田は聞いてきた。

「だから、松本や。そんでこの写真は40年くらい前の修学旅行の写真や。おまえも行ってんねん」

「ほんまに?医者が頭打って記憶が喪失してるって言ってたけど、ほんまなんか?」

「ほんまや」


それからしばらく浜田はアルバムの写真を無言で見ていた。

そして俺の顔を見て「確かにまっつんやな」と呟いた。

「何でこんなに金持ちなん?」

「おまえと漫才師になって売れたんや」

「マジでか?じゃあ俺もこんな金持ちになっとんのか?」

「そうやな」

「売れたってことは有名人なん?じゃあ芸能人と結婚しとるんちゃう?」

「そうや。病院に居たやろ。奥さん」

「え?あのオバサン?何でやねん!」

「お前もおっさんやろ」

「まぁええわ。それより家に行きたい。俺の豪邸を見てみたい」

「わかった。迎えに来てもらうわ」

「今すぐ行こうや。二人で」

「二人で?俺おまえの家知らんし。」

「何でや?コンビなんやろ?なのに何で知らないねん」

「いやぁ、だって家に行ったことないしな。お前だって今日初めて家に来たやん」

「一緒に遊ばへんの?家族ぐるみで飯食ったり、家に泊まりに行ったり。」

「そんなことするわけないやろ。気もち悪い」

「寂しいなぁ。毎日一緒に遊んで同じ夢かなえたんやろ?なのに何でや」

そう言われれば、いつからだろう。浜田がトモダチじゃなくなったのは。

少し感傷に浸っていると電話が鳴った。


「お疲れ様です。浜田さんの様子はいかがでししょうか。」

「まぁ、少しずつこの状況を理解し始めたみたいやな。それと自分の家を見たいと言ってるから住所教えてくれ」

「わかりました。今からお迎えに伺います」

「いや、二人で行くから迎えはいらない」

自分でもびっくりした。その言葉に浜田は親指を立てて笑っていた。

一瞬ほんとに中学時代に戻ったようだった。


「え?ここが俺の家なん?すっごいやん。俺何者やねん」

ほんとに二人きりで浜田の家の前に来てしまった。二人でウロウロと家の周りを見て回っていると中から慌てた様子で浜田の奥さんが出てきた。

「ちょっと!何してるの?ご近所迷惑だから早く家の中に入って!」

有無を言わさず俺らは家の中へと押し込また。

「どうしたの?松本さんまで。記憶が戻ったの?」

「急に申し訳ない。浜田が自分の家を見たいって言うもんで」

「あの様子だとまだ記憶は戻ってないみたいね」

浜田はまたはしゃいでいた。

「まっつん。すごいで!ここほんまに俺の家なんかな?うわぁ。広っ!でかっ!」

浜田は俺の家に来た時と同様に家中のドアを開け、全ての部屋にリアクションをしている。俺が苦虫を嚙み潰したよう表情で浜田を見ていると、隣で同じような表情の奥さんと目があった。お互い何とも言えず苦笑いするしかなった。

そして浜田は散々家の中を見て回り、満足げに「まっつん。帰ろう」と言った。


「あのまま家に戻ったら良かったのに。嫁さんんも心配してたやん。」

「実感が沸かないねん。それにオバサンと一緒に寝るのもなぁ。でも家はすごかったな。大豪邸やん」

浜田は上機嫌で自分の家の感想を語っていた。そして浜田の希望でコンビニに寄り、カゴいっぱいにお菓子を買った。中学の時では考えられないほどの贅沢である。

これぞ大人買いというやつなのかもしれない。戸惑いながらも楽しそうに買い物をしている浜田を見ていると、何だか昔の自分にご褒美をあげているようで嬉しくなった。少しは誇れる自分になっているのかもしれないな。

「なぁ。俺らの漫才観てみたい。録画したビ デオとかないの?」

「あぁ。いくつかあるで。」

「じゃあ、家に帰って菓子食いながら二人の漫才みようぜ!」


「おおぉ!まっつんやん!ほらほら!今と全然違うやん。これや!やっぱ金髪ムキムキはどう考えてもおかしいで!」

デビュー当時の映像を観ながら浜田は歓声を上げている。そして一本一本漫才を観ながらゲラゲラと大笑いしている。

「おもろいなぁ。俺ら最高におもろいな!これは売れるで!」

爆笑している浜田の隣でいつしか俺も一緒に笑っていた。


「おーい。まっつん。起きろや。遊びに行こうぜ」

浜田の声で目が覚めた。どうやらDVDを観ながら寝てしまったらしい。

それに中学時代の事を一気に思い出したお陰で昔の夢を見ていた。

俺が「はまちちょん、はまちちょん、これおもろいやろ。」と浜田を笑わせている夢だった。やばい、昨日から浜田との思い出で頭がいっぱいになっている。

「まだ寝てるんか。はよ行こうや」

その声に我に返り起き上がろうとするも体がまったく 動かない。手も足も痛い。

動揺している俺の様子をみて浜田はガハガハと笑いだした。

よく見ると俺は手と足をガムテープで縛られていた。

「何してんねん!」

「驚いたやろ。監禁ごっこや。東京湾に沈めるで!」

「何がおもろいねん!早よ外せや!」

「ごめんごめん」

浜田は笑いながらガムテープを外していった。

「おまえ、ホンマにこういうことすんのやめろや!」

「だからごめんて。そんなことより早く東京見物に行こうや。」

「東京見物?二人で?」

「当たり前やん!他に誰がおんねん。」

「いやぁ、俺ら有名人だから東京見物なんてしてたら町中がパニックになるで」

「なんでやねん!アホか!マイケルジャクソンやあるまいし、そんなんなるか!」

浜田は笑いながら漫才師のようにツッコミを入れてきた。

どうやら昨日観た自分の漫才に感化されているようだ。


「まずは東京タワーやな!そんでほれ見て。スカイツリー言うのもあんねんて。

それからこのクレープも食べに行こうや。たっかいけど二人で半分にすればイケるやろ」

昨日コンビニで東京のガイドブックも買っていたが、こういうことだったのか。

俺らは車に乗り込み、付箋いっぱいのガイドブックに載っている観光スポットを見て回った。

「おまえ、全部に付箋ついてるやん。こんなの付箋の意味ないやろ。しかも娘のやつやん。あぁ怒られるわ」

「なんでやねん!付箋は付けることに意味があんねん!」

またツッコミを入れてきた。彼の中で漫才ブームはまだ続いているらしい。

二人で東京タワーやスカイツリーを見物し、クレープ屋に着く頃には俺も中学生のようなノリになっていた。


「まっつん。どれがいい?」

「何でも好きなの頼めや」

「半分で食べるやろ?どれが良いねん。俺はコレかコレやな。あぁでも甘くないのも良いかぁ」

「迷ったやつ全部買っていっぺんに食おうぜ」

「これ一つ千円もするんやで!無理やろ」

「大丈夫や!ダウンタウンなんやから!」

俺は浜田が選んだクレープを全て注文してやった。

「無鉄砲にもほどがあるやないかい!」

浜田はお気に入りの漫才ツッコミをしながら楽しそうに笑っている。

俺も楽しくてしかたなかった。そのノリのまま自宅へ帰り、二人で買ったクレープを食べながら昨日の続きのコントや漫才を観た。


「まっつん。おもろ!」

「はまちょんも最高やな!」

「ダウンタウンて最強やな!」

二人でゲラゲラと笑いながら、お互いを誉めあった。


二人で昔のように遊ぶのは最高に楽しい。しかしいつまで続くのだろうか?

明日でもう3日だ。ずっとこのままでいるわけにはいかない。

浜田にも家庭があるし、俺にも家庭がある。

このままの状態が続けば仕事に支障をきたすのも時間の問題だ。

でももう少しだけ楽しみたいという気持ちも拭いきれないでいた。


「明日は何しようか?まだ行きたいとこあるんやろ?何したい?」

「そうやなぁ。ナンパでもしに行くか!」

「ナンパか。えらいことになりそうやけど、面白そうやな」

「楽しみやな」

そして俺たちは「おやすみ」と言って眠りについた。


 俺はまた中学時代の夢を見ている。浜田とああでもない、こうでもないと笑い転げている。そこは昔よく二人で遊んだゲームセンターだった。何のゲームをしているのかは分からない。でもただただ楽しくて俺たちは笑っている。二人ならどんなゲームでも楽しいのだ。

その時、シカが俺たちにぶつかってきた。シカ?なぜ急にシカ?と驚いているのもつかの間、今度は急に目の前から大きな岩が飛んできた。

俺の前には浜田がいる。危ない!俺は大きな声で叫んでいた。


「はまちょん!はまちょん!」


叫びながら目を覚ますと浜田が心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。

「あぁ。夢見てた。お前が巨大な岩にぶつかる寸前やったんや。」

「そうか。良かった。」

「今何時や?今日はどこ行くんやったっけ?」

「ナンパしに行くんやろ?」

「そうやったな。行こか。」

でも起き上がろうとするも体が動かない。

あれ?なんや?手も足も頭すら動かない。

「いま先生呼ぶからな」

「先生?」

何のことや。それに浜田も昨日までの中学生のような感じではなかった。

大人の浜田やった。記憶が戻ったのか?だから先生を呼ぶと言ったのか?

でも何で俺は動けないんだ?

あ、またガムテープで縛られてるんやな。

「早くガムテ外せや」

そう浜田に叫んだところで白衣を着た医者がやってきた。


「松本さん。意識が戻られましたね。もう大丈夫ですよ」

「え?何のこと?早くこのガムテープを外してくれ」

俺はもう一度浜田に頼んだ。

「お前の手足にはガムテープなんて付いてないねん。手足が折れて固定してるんや」

「どういうこと?さっきの夢がほんまになったってこと?」

「さっきの夢がどんな夢かしらんけど、お前は事故に遭って意識がなかったんや」


俺は3日前、車で事故に遭ったらしい。

飛び出してきたシカに驚き、ハンドル操作を誤って岩にぶつかったのだ。

車は大破し、俺は両手足を負傷した。

体へのダメージはそれほどなかったが、俺は目を覚まさなかった。


「でも何でお前がおんねん。普通目が覚めた時に心配な顔で覗き込むのは家族と決まってるやろ」

「お前がうわ言で俺のことばかり呼ぶからや」

どうやら俺は意識がない中でずっと浜田と会話していたらしいのだ。

しかも中学時代のように浜田のことをはまちょんと呼び「はまちょん、はまちょん。これおもろいやろ」と笑かそうとしていたという。

そんな俺に付き合って浜田はずっと俺のそばから離れなかった。


「3日も泊まり込んで一人で何してたん?」

「お前が両手足のガムテープ外せ言うから外す真似したり、東京見物に行こう言うからなんでやねん!ってツッコんだり。でもほんまに中学時代のお前と話してたみたいで楽しかったで」

浜田の話を聞いていると俺らは奇妙な形で完全にリンクしていた。

中学時代の気持ちを取り戻した俺たちは大人になった自分たちに再会し、気恥ずかしい気分になった。


「じゃ、俺行くわ。またな。まっつん」

「ありがとな。はまちょん」

中学時代の俺らに向かって、最後に挨拶を交わした。

 

 翌朝目を覚ますと、どのチャンネルも俺の意識が回復したニュースを伝えていた。3日も意識不明となれば皆心配するのも無理はない。

しかしどこの番組も浜田が3日間病室に泊まり込んだ話でもちきりだった。

若干俺より浜田の深イイ話になっている 。

その時、浜田の記者会見が流れ出した。


「松本さんの容態はいかがですか?」

「意識もはっきりしているので、もう大丈夫です。ご心配をおかけしました。」

爽やかに笑っている浜田に質問が飛ぶ。

「意識を取り戻したときはどんなお気持ちでしたか?何か話はされましたか?」


「ナンパしに行こうやと言われました。この3日間は俺にとっても松本にとっても奇妙で貴重な3日間だったと思います。これからも二人でゲラゲラ笑わせますわ。

ダウンタウンは最強ですからね。」


浜田は親指を立てながら笑っていた。他の誰でもない俺に向かって。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

DTアゲイン @eye515

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ