poker face

第1話

平原琴奈ひらはらことなは、クラス…いや、少なくとも同学年にはそのは有名だった。


クラスメイトが、日直でその責務を果たすべく、

「平原、グラマーのノート、先生に持ってかなきゃいけないから、出してくれ」


国仲徹くになかとおる君、私は自分で職員室に持って行くので、結構です」

「え?でも…」

徹も、只日直の使命を果たそうとしているだけなのに、断られる…なんて予想もしなかった。

「国仲君、私、このノートに次回のテストに出るかも知れないと、大切に管理しているので、先生以外の生徒、国仲君にも、同じように、誰かに見られると不快なので、自分で持って行きます。もってくと言ってくださったお心だけは感謝します」


その言葉に、徹は少しムカッと。


「待てよ!人のノート見たりとかそんな盗み見なんてするなんてするわけないだろう!?」

徹の怒りが頂点に達した。


しかし、琴奈は、それにも、冷静に何の躊躇もせず、こう言い放った。


「おられたんです。私のテストの出るであろうと、まとめておいたノートを覗き見し、点数を上げた方々が」


少し、大きな声で、琴奈は、窓際で脂汗をかいている、男子生徒に視線を送った。


「え…?」

徹は、そっと後ろを振り返ると、琴奈が言った通り、いつもたむろってる男子2人が琴奈に背を向けて小さくなっている。


「そ…か…酷い事、されたんだ」


「ですから、これからはどのノートも先生には私自身が提出します。ですから、国仲さん、あなたのせいではありませんが、こちらにも運んでほしくない理由があるので、ご理解頂けると幸いなのですが…」


「解った。怒ってごめん」

「いえ」


徹は、教室の隅にいる男子2人を睨んで、教室から出て行った。




こんなことが、琴奈の周囲でまぁまぁ起きていたけれど、ノートを見られたのは、さすがに許せなかった。


例えば、靴を隠されるとか。

それだけで、心を折られる、最低ないじめの1つだが、琴奈の場合、いじめの形が少し違う。


靴を隠された下駄箱の中に、暗号が入れてあって、頭脳明晰な琴奈の事を挑発するようないじめのやり方だった。


しかし、そんな努力をしても、無駄だ。

琴奈には東大の過去問より、見つけるのはとても容易いことだ。


そんな事、琴奈には何の意味もない、琴奈の心は誰より強い。


その強さを支える、ある人物がいる。




国仲徹、その人だ。



琴奈は、よく笑って、体育では、一挙一動に目が回るほど徹を見つめていた。


それじゃ、男子には解らなくても、女子にはすぐばれてしまう恐れがある。


そこで、琴奈が思いついたのは、だった。

もう幾つ、琴奈を褒め続けているか解らないが、ここでも、琴奈の才能は発揮される。


琴奈は美術部にしつこく勧誘されるくらい、絵が得意だった。

徹の顔、仕草、姿…もう一緒のクラスにいるだけで、色んな徹を見ることが出来る。


でも、この事も解っていた。


自分がと呼ばれていることを。


学校から帰って、自分の部屋に入ると、着替えもしないまま、ベッドに寝転がり…、仰向けになり、腕で目を隠し、切なくなって化粧っけのまるでない顔を覆い、琴奈は毎日泣いていた。



徹とは、高2で同じクラスになり、ほぼ、琴奈の一目惚れだった。

解ってる。

こんな変人女子、徹が好きなってくれるわけもないし、でも、17年間、ずっとこのキャラで生きて来た琴奈に今更この性格を直そう、と奮起しても、学校に着くと、すぐ元キャラに戻ってしまう。



「なんでだろう…?私…なんでこんな性格になっちゃったんだろう…?」



もうノートに溢れている各科目の予習、復習、テスト予想、もう次のテストまで、授業を聴いていなくても、十分だ。

こんな事、頑張れば、琴奈にとっては造作もない。

でも、恋愛に関しては、琴奈の性格は、到底向いていない。

心底向いていない。

全く向いていない。

本当に向いていない。

何をどうしたって向いていない。

何をどう改めても向いていないのだ。



ようやくベッドから起きると、机に座って、誰にも見せない、見せるなんて出来る訳ない、ノートを開いた。

そこには、鉛筆で躍動感あふれるバスケをしている徹や、お昼にパンをほおばる徹、授業中、先生にあてられて、焦っている徹の後ろ姿…。



「…好きです…」


1言言うと、でも、普通に恋はする。

そう、言いたかった。


今日だって、ノートを回収しに琴奈のもとにやって来た瞬間、思わず泣きそうになった。

徹が日直の日は、『例のノートは自分で持って行きます』と言わず、お願いします、と言いたかった。

ヤな奴だ、と思われたくなくて…。

でも、もう遅いんだ。

徹を好きなるまでは、例え徹でも、のまま、過ごしていた。

のに…。



2か月前の体育の日、男子はバスケで、女子はバレーだった。

その時はまだ徹のことなど目にも映さないほど、意識など全然していなかったのに、あるトラブルで、琴奈は一気に徹に恋に墜ちていった。



バレーをしていた女子のボールが、男子のバスケコートに入ってしまい、それを取りに行った琴奈に、何かが猛スピードで、近づいてきた。

バスケットボールだ。

「平原!」

誰かの声がしたと思ったら、ボールが、投げられた勢い止まらず、琴奈の顔面に当たった。

凄い音を引っ提げて。

思わず、琴奈は気を失った。


「おい!平原!平原!」

「大丈夫か?」

「ちょ、やばくない!?」


生徒が群がって来た。


どうしようか、とみんなが考え出す遠の前に、徹が琴奈をお姫様抱っこで保健室へ運んだ。


「何?そんなやばいの?」

「でも…国仲がなんで…」


こんな時に、そんな本当にバカげた言葉を口にする女子が数名いた。

徹はちょっとした人気者で、クラスで何人かは徹に告白したし、他のクラスの女子からも告白されてるっぽかった。



そんな女子を尻目に、徹は一目散に保健室に向かった。


「平原!大丈夫か?平原!!」


走りながら、徹は何度も何度も琴奈の名前を呼んだ。

保健室に着くと、同時くらいに琴奈が意識を取り戻した。


「…く…にな…か君?」

「平原!あぁ…良かったぁ…」

その徹の心からホッとしたような徹を、好きになるべくして好きになった琴奈。

しかし、

「ごめんなさい。私なんて助けたくなかったですよね。国仲君のイメージまで壊れてしまいます。本当にごめんなさい…」

「ねぇ、平原、こういう時ってさ、助けてた側にも言って欲しい言葉があるんだよ」

「…?はぁ…なんでしょう?出来る事なら致しますが…」

「あ・り・が・と・う!」

「へ?」

「これ、出来ない候補に入る?」

「あ…いえ…す、すみません!ありがとうございました!」

「うん。それより、顔、大丈夫か?」


「はいはい、後は私がいるから大丈夫よ。国仲君は急いで授業に戻りなさい」

「あ、はい。じゃあな、平原」

「ありがとうございました」

徹がいなくなると、鏡で自分の顔を見たら、色々混ぜ混ぜのよく解らない感情だけが、映さなくていいのに、涙が零れていた。


「ん?平原さん、どうした?まだ痛む?見た目、もう腫れはひいてると思うけど」

氷で顔面を冷やしながら、琴奈は、もう一つ、保健室の先生に尋ねた。

は、恋、出来ますか?」

「ふ…」

「え…笑われるような質問でしたか?」

「良いのよ。そんな事で悩まなくて。好きになったら、そこから、みんな普通の女の子なんだから。もう平原さんは、なんかじゃないわよ」


そう先生に言われ、氷で顔面を覆い、琴奈は泣いた。


ポン…と先生に頭を撫でられて…。



琴奈と徹がいなくなった体育館で、思いもよらぬ出来事が起こっていた。


「なぁ!みんな見ろよ!これ!平原の机の中にあったんだけど、めっちゃ笑えるんだよ!」

「ちょっと!テストで成績上がったら、ここにいる全員疑われるんだから、やめてよ!」

「違うんだって!見てみろって!!」


そこまで言うなら…と言った感じになった琴奈と徹がいないときに、クラスメイトは、琴奈の秘密を知ってしまう。



その持ってきた男子のノートは、琴奈が、言えない事を言える、たった一つの徹の面影だった。

しかし…みんな見るノートを間違えていた。


「あいつ、徹が好きだったんだな!笑えるー!!あんな、徹が好きになるかよ!いつもツンツンして嫌な奴だもんなー。なんかこれ見て、またあいつが焦る姿見られれば、あいつのあたふたした態度が見れるぞ!ははははは!!」

「それ早く見せろよ!!」

ノートを持ってきた生徒が回し読みしようと、手を伸ばしたその時、猛ダッシュで、体育館に滑り込んできたのは、琴奈だった。

「やめてください!私にだって、くらいあります!!言いたくない事だってあります!お願いします!返してください」

その琴奈の言葉の直後、


バキ!!


と、ものすごい音がした。



「いっ、痛って―――――――――――――――――――――!!」

殴られた男子が床を転げまわるほど、激高したのは徹だった。

「お前…はぁ…最悪…はぁ…だな」


徹が保健室を出た時、2階の窓を見上げると、何やらノートらしきものをクラスメイトの男子が出て行くのが見えた。


何か嫌な予感がして、徹は全速力で、体育館に向かった。

その予感は当たっていた。


「お前らいい加減にしろよ!そう言う事すっから平原が心閉ざして仲間外れみたいになってんだぞ!平原が日直でノート集める時、断る訳がよく分かったよ。他人のノート勝手に見て、今度はプライバシーの侵害かよ!お前らは平原の事、て呼んでたけど、俺からしたら、ルールも守れない、反省もしない、お前らの方がよっぽど変人だろ!!」


「…でも…あいつ…態度でかいし、他人を軽蔑するし…絶対俺らなんて、只の鹿くらいにしか思ってねぇだろ!?」

「お前ら…本当にクズだな…ノート、俺は何が描かれているのかは知らない。でも、そのノートは違う、別のノートなら見せてもらった事がある」

「え…?」

クラス全員が息を呑んだ。



「そのノートに描かれているのは…お前ら、クラスのみんなの顔だよ」


「「「!」」」


体育館がひんやりした。


「放課後のサッカー部や、野球部や陸上部を真剣に見てて、鉛筆でなんか書いてんな…って、何してんのかな?って思って、声、かけたんだ。したら、最初は、なんでもない、って言ってたんだけど、なんかどうしても見たくなって、5分くらい頼みこんで、見せてもらったんだ。そこには、生き生きした小林こばやし》や遠藤えんどう、他にもクラス全員の笑顔や各教科の先生の顔まで一人も余さず描いてあった。…見てみろよ」


そのノートは、徹の言った通り、元気だったり、悲しそうだったり、女子3人の絵には、こんな言葉が書いてあった。


「可愛い人たちです。真似が出来たら、良いのですが、きっと無理ですね…」


そのノートを見た女子生徒が、思わず、泣きだした。

「ごめん…、ごめんね、平原さん…。私たち、何も知らなくて…」

「うん…。私もいつも酷い事、明子あきことかと言ってた。変人、変人…て…何度も…何度も…」

「ねぇ、みんな、一緒に謝ろう?それから、約束しよう?もうノートを見る事は絶対しないって」

「うん。琴奈ちゃん、許して…って簡単には許せないと思うけど、私たち友達になろう?もう一人じゃない。今から、琴奈ちゃんはもう、なんかじゃない。とーても可愛い恋する乙女だもんね」

「メイクも教えるよ。なんか変身できそうな顔だなぁって思ってたんだよね」


次々生まれる自分への謝罪の言葉。




「で?」

「…ん?」

クラス中、徹の気持ちが知りたくなった。

「ばーか!こんなとこで言うかよ!」

「えーつまんない!!」

「うるせー!!」

「うわー!赤くなってやがる!」

「平原!これはいけるぞ!!」

「…いける…とは、何の言葉でしょう?」

「え――――――そこぉ!?」

ものすごい爆笑が体育館に溢れた。





恋する者、皆、何処かしら、…なのかも知れない。

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