7月2日②
「部活、入ってないの?」左から声が聞こえてきた。横を向くと彼女が微笑んでいる。
「入ってない。特にやりたいことないんだ。」そう答えると、
彼女は「じゃあ、一緒に帰ろうよ!私も部活まだ入ってないし。」とにっこり笑った。
僕はこくんと頷いた。
胸の鼓動が大きくなることを勘付かれないよう、平常を装うことで僕は必死だった。
川と山しかないこの田舎道。学校から家まで歩いて10分。彼女の家も同じ方向らしい。
「分かれ道になるまで一緒に帰ろっか。」靴箱での彼女の言葉に僕は同調した。
「どこらへんに住んでるの?」「え!私の家そこの近くだよ!」
「そっかー。この学校は部活強制じゃないのか。いいね。」
「引っ越してから思ったんだけど、田舎って人のあったかさを感じれていいね。
私東京でしか住んだことなかったから、そういうの憧れてたんだよねー。」
口数少ない僕に気づかってくれたのか、彼女は饒舌に会話をしてくれた。
いつもは10分の帰り道も、体感では1分くらいな気がした。
歩けど歩けど分かれ道がこない。ラブコメでありがちな“あの展開”を期待し始めたその瞬間。
「ここ、私の家。」彼女は指差した。
「え?」思わず声が出た。彼女も「え?」と続く。
会話と妄想に夢中で、自分の家の前までついていたことに僕は気づかなかった。
完全に忘れていた。
昨日、誰かが横の家に引っ越してきたことを親に聞かされていたんだった。
「もしかして昨日隣に引っ越してきたのって伊東さんだったの?」
「そうだよ!昨日は引越しでバタバタして横のお家の人に挨拶できなかったんだよね。」
“運命の女神様”がこんなところで微笑んでくれるなんて聞いてないぞ。
「まさか同じクラスで、家も横なんだね。これからよろしくね!」彼女は笑った。
「ところで今更だけどさ、君のことなんて呼べばいい?」彼女はそう続けた。
「うーん。特にこう呼んでほしいとかはないけど仲良い友達からは、
東健太だから“あずけん”って呼ばれたりしてるよ。」
「あずけん!確かにあずけんっぽいねえ。私もあずけんって呼ぶことにする。
私のことはこなつって呼んでほしいな。伊東さんじゃなくて。」
「分かったよ、こなつさん。」
「もーこなつさんじゃなくてこなつ!まあいいや。じゃ、私帰るね。今日はありがとう!
また明日。」彼女はそう言い放って家の中に帰っていった。
僕も「また明日。」と言い、家の中に入った。僕の中では、さん付けでも下の名前で呼べただけで大きな進歩だ。
「疲れたあ。」僕は家に帰った途端ぐったりした。これはいつものことである。
僕は学校のようなガヤガヤした場所や大人数の場所にいるとすぐ疲れてしまう。
だから学校では大人数でいることが多いから、なかなか友達を作ることが難しかった。
「たかしが同じ高校だったらな。」僕は1人呟いた。
たかしは僕の唯一の友達だ。大人数は苦手だが、2人で話すことは好き。そんな自分のことを理解してくれる、たかしはそんな人だ。
たかしが別の高校に行くと分かった時、不安で少し泣いちゃったっけな。
そんなことを思い出しながら、こなつさんのことを思い浮かべた。
「いい子だったなあ。」そんなことを思っていたら気づいたら寝てしまっていた。
「けんたーご飯よー」母の声で目が覚めた。起きたら時計の針は18時30分を指していた。
リビングに向かうと食事は出来上がっており、父と母は座って僕のことを待っていた。
「いただきます。」3人で手を合わせ、食事をはじめた。
美味しくも不味くもないいつもの味だ。
「今日学校どうだったの?」母の問いかけに、僕は「普通にいつもどおりだったよ。」そう答えた。転校生のことを話さなかった理由を僕は持ち合わせていない。
『ピーンポーン。』チャイムがなり、母が応答する。
「どちら様ですか?」
「夜分にすみません。隣に引っ越してきた伊東です。引っ越しの挨拶で伺いました。」
「はーい。」母はそう答えると、「あんた達、行くわよ。」と父と僕に声をかけた。
3人で玄関に向かい、母はドアを開けた。
そこにはこなつさんと両親であろう人が立っていた。
「初めまして、隣にこしてきた伊東です。こっちは妻と娘のこなつです。」
父親が口を開くと、後の2人も「よろしくお願いします。」と丁寧に頭を下げた。
次は我が家のターンだ。
「まあわざわざすみません。ありがたくいただきますね。よろしくお願いします。」
母が先陣を切った。続いて父と僕も頭を下げる。
「可愛らしい娘さんですねえ。娘さんおいくつですか?」母が尋ねると
「16歳の高校1年生です。」彼女はハキハキと答えた。
「あら!うちの子と同じ学年ね。仲良くしてあげてね。高校は?」と母がまた尋ねる。
「山川高校です。」彼女が答えると、母はすぐに「うちの子と同じじゃない!なんであなたはいつもそういうことを言わないの?」と僕は睨みつけた。
終始ほのぼのした雰囲気の中で挨拶は終わった。
「それでは失礼します。」父親が最初にそう言い伊東家は帰っていった。
帰り際、こなつさんが僕にだけ気づくように、笑顔で小さく手を振ったことに気づいた。
僕も恥ずかしながらも小さく手を振った。
「あんたもうお風呂入っちゃいなさい。」母の言葉に僕は歯向かうことができない。
ささっと風呂に入り、適当に宿題を終え僕は寝床についた。
時計はもう11時を回っている。部屋を暗くし僕は布団に入りいつもの“自分時間”に入る。
「今日の帰り道、もっと自分から話しかければよかったな。」
「こなつさんのこと、自分から母に言っとけばよかったな。」
暗い布団の中で1人反省会をすることは日課なのだが、いつもと違うことは今日の考えることはこなつさんのことでいっぱいであるということだ。
今日起きたことを思い出し、後悔を繰り返しているうちに気づいたら眠りについていた。
午前6時アラームの音で目を覚ます。
僕の朝には3つの日課がある。
1つはシャワーを浴びること、2つは朝食で食パンを食べること。
そして最後は、自分の部屋から繋がっているベランダで歯磨きをすること。
シャワー浴び、朝食を食べて、歯磨きをしようとベランダへ出た。
彼女のことを想い、横の家のベランダを見たその瞬間。
引き込まれるような大きな瞳と目が合った。
「え?」2つの声が重なった。
コイなつ くるみ @ITO_KURUMI
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